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   私たちが英語学習を始めた端緒は何だったでしょうか。恐らくは中学校入学後学校のカリキュラムで英語が必須だったということが一番多い端緒ではないでしょうか。もっとも、最近は、小学校から英語の授業を導入している学校も相当数あり、英語学習開始の端緒も多様かもしれません。そして、英語力を高めた動機は、主に大学入学試験を有利に展開するために英語学習に努力したという方々が多数を占めると思います。とはいえ、大学を卒業しても、横文字は苦手だとおっしゃる方々も多いですし、英語コミュニケーション能力を十分に修得している方々はそれほど多いとは思われません。これはなぜでしょうか。これには幾つかの理由があります。
   まず、日本語と英語が言語の系統を異にしており、言語間にかなりの距離がある点が挙げられます。英語は、インド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派に属する言語です。ゲルマン語派には、ドイツ語、オランダ語及びデンマーク語等も属します。同じゲルマン語派に属する言語同士が相互に言語を修得し易いのは自然なことです。また、同じゲルマン語派に属していなくても、同じインド・ヨーロッパ語族に属するスラブ語派(ロシア語、ポーランド語、チェコ語等)、イタリック語派(イタリア語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語等)及びギリシャ語等のヨーロッパ言語は、言語系統上の距離が近く、比較的相互に修得し易いと思われます。一方、日本語は、過去にはウラル・アルタイ語族に含める説が有力な時代もありましたが、現在は、孤立言語(現存する他言語と明確な関係性を有しない自然言語)と考えられています。ですから、インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派に属する英語と独立言語の日本語との言語系統上の距離は相当遠いと思われます。
   もっとも、言語系統上の距離が疎遠であるとしても、言語交流や文化交流が盛んであれば、相互の言語修得もコミュニケーションも比較的に容易であるかもしれません。例えば、フランスはドーバー海峡を挟んだ隣国であり、百年戦争(1337−1453)の時期にイギリスに長期間占領された経緯もあり、フランス語がイタリック語派、英語がゲルマン語派に属するとしてもフランス語と英語には類似点がかなり多いのです。しかしながら、日本は島国でもあり、英語圏との言語交流や文化交流はほとんど19世紀後半まではありませんでした。また、現在でも英語圏は大洋の彼方です。
   ところで、言語学の理論では、言語修得と文化修得は密接に関連しており、言語を修得するためには単語や文法等の知識を習得する(Learning)だけではなく、文化変容(Acculturation)を経験して言語を修得(Acquisition)することが不可欠です。すなわち、文化修得を避けては言語修得を達成できません。したがって、ある言語間で言語系統上の距離が遠いということは、それらの言語間に大きな文化的相違があり、言語間の相互修得も比較的に困難であるということを意味します。ですから、インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派に属する英語と独立言語の日本語間には大きな文化的相違があり、言語間の相互修得も比較的に困難になります。
   次に、各言語が前提とする発想には、独特の発想法があります。日本語は演繹法(Deductive Approach)的発想に基づくのに対し、英語は帰納法(Inductive Approach)的発想に基づくと考えられます。ここで演繹法(Deductive Approach)とは、一般的な前提から個別的な結論を導く推論方法です。一方、帰納法(Inductive Approach)とは、個別的な事例から一般的な法則を導き出す推論方法です。 
   これらの現実社会における実際の発現を見ると、法律分野や教育分野で効果の違いが顕著に現れています。例えば、日本国憲法は成文憲法であり、憲法を上位規範として詳細な下位規範が作られます。一方、英国憲法は不文憲法であり、具体的な事例に対する裁判所の判断が蓄積されて一般法則化されています。また、日本の大学における従来の法律教育は、基本書の精読から始めて基礎知識を固め、それから個別的な事例に基礎知識を当てはめるという手法が主流でした。一方、英米のロースクールにおける従来の法律教育は、個別具体的な事例研究(ケーススタディ)から始め、多数の個別具体的な事例から一般的な規則や法則を導き出します。
   さらに、日本の中学高校における従来の英語教育は、英単語や構文の知識を蓄積し、それらを個別具体的な英文の文脈に当てはめていき、英文を理解するという演繹法(Deductive Approach)的手法が主流でした。一方、英語圏のESL(第二言語としての英語教育)では、英語の個別具体的な文脈で英語の意味を理解し、経験的に英語の一般法則を修得する帰納法(Inductive Approach)的手法を主流とします(もっとも、日本の中学高校における現在の英語教育はかなり帰納法(Inductive Approach)化しています)。ですから、仮に帰納法(Inductive Approach)的発想を基礎とする英語を演繹法(Deductive Approach)的手法で修得するとすれば、修得効率が悪いのは当然でしょう。
   ところで、英語習得(Learning)と英語修得(Acquisition)は明確に区別する必要があります。すなわち、英単語や英文法の知識の習得(Learning)と英語修得(Acquisition)は同じではないということです。例えば、英語を学習して英単語や英文法の知識を完全に記憶すれば試験で満点を取ることは可能ですが、試験での満点は必ずしも英語修得(Acquisition)の達成を意味しません。確かに英語修得(Acquisition)の達成に至るプロセスで試験の満点を取るための学習は、英語修得(Acquisition)を達成するための1つの有効な手段になり得るかもしれません。しかしながら、英単語や英文法の知識の集積が自動的に英語修得(Acquisition)を達成するのではないということです。同様に、大学受験予備校で英語を習得して模試で高得点を取り一流大学に合格しても、それは直ちに英語を修得したことを意味しません。英語修得のためには、現実的な英語環境(real context)で英語を使うことを習慣化(habit formation)し、文化変容(Acculturation)を経験するというプロセスを経なければ、修得(Acquisition)の達成には至りません。
   とはいえ、残念なことに、日本の中学高校における従来の英語教育は、大学入試合格という目的のために英語教育が手段化しており、本来の目的が手段化、手段が目的化するという逆転現象が生じています。同様に、英会話スクールの英語教育も、最近では以前ほどではないにせよ、金髪美女を看板にして客寄せを狙い利益追求に偏重する英会話スクールが相当数存在しています。確かに英語修得にネイティブスピーカーが関与することの有益性を否定するものではありませんが、これらの英会話スクールは英語力向上の場というよりはむしろ社交場と化しています。ここでも英語修得という本来の目的が手段化、利益追求という手段が目的化して逆転現象が生じています。また、これらの関係者の中には、文化変容(Acculturation)による英語文化修得と英語修得(Acquisition)を切り離して考え、「日本人は日本人であり、英語はコミュニケーション手段にすぎないから英語文化の修得は必ずしも必要ない」と考える人々も少なくありません。これは日本社会の閉鎖的な一面に起因するのかもしれませんが、正しい考え方とは思えません。
   では、英語を修得(Acquisition)した人とはどのような人でしょうか。一言でいえば、英語を修得(Acquisition)した人とは、日本語を介さず、英語を聞き読み、英語で考え、英語で話し書くことが可能な人です。これは俗に英語脳の創造とも言われます。英語修得のために子供たちが早期に英語学習を開始することは望ましいことです。この点、スコーヴェル(Scovel)という言語学者は、「思春期を過ぎては決してネイティブ並みの英語修得は可能ではない」と言っており、英語修得のためには子供たちは早期に英語を学習し始める必要があることを示唆しています。
   もっとも、早ければ早いほど良いということでもなく、日本人としてのアイデンティティが確立する前のあまり早い時期に英語学習に偏重すると、日本語人格も英語人格も中途半端になり、日本語力も英語力も不十分のままという結果になりかねません(これは逆も真なりです)。すると、日本社会でも英語圏社会でも生活できなくなる恐れがあります。
   この問題はダブルリミテッド(Double Limited)と呼ばれており、日本に在住する日系人の子供に同様の現象が観察されます。実際、スイスのようにドイツ語、イタリア語、フランス語及びロマンシュ語等4ヶ国語が話される国で複数言語を話す人でも、1つの主言語人格を有すると考えられています。そこで、まずは主言語人格を1つ確定することは重要です。逆に高齢化すると、言語修得能力が低下し、外国語修得が困難になります。これは言語学上化石化(Fossilization)と呼ばれています。ですから、英語修得のためには、遅すぎず早すぎず適当な時期があるということになります。
   また、幼児の言語修得のメカニズムを研究してみると、両親(特に母親)の母国語を耳から聴いて言語を修得していると考えられます(Imperative Approach)。確かに幼児に備わる言語修得能力は特殊なものであり、年を取るにつれて衰退していきます。しかしながら、耳から聴いて言語を修得する方法は大人にも一定の有効性があると考えます。この意味でネイティブスピーカーの自然な会話を聴くことは英語上達のための有効な手段です。英作文、英文法、聴解及び読解を別々に考え、各能力の向上のために各個別の手法が必要であると考える方々がいます。しかしながら、4つの基本的能力は相互に有機的に関連しており、4つの基本的能力を関連させて向上させることが合理的と言えます。そして、前述の通り、4つの英語能力を統合して効率的に英語を修得する手段として耳に依存することには重要な意味があります。
 
(参考文献)
(1)    Scovel. T.“Foreign Accents. Language Acquisition and Cerebral Dominance . Language Learning” 
(2)    Joan Morley “The Pronunciation Component in English to Speakers of Other Languages”
(3)    Jack C. Richards and Theodore S. Rodgers “Approaches and Methods in Language Teaching, Description and Analysis”

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