はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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栗原と糠部―後編―

 奥羽における信濃系の馬飼いの民に対する忖度の可能性については、例えば、鎌倉幕府による「由利中八維平」の論功行賞にもそれが窺えるものとみております。  維平が奥州藤原四代泰衡の郎従「由利八郎」その人だとしたならば、彼は鎌倉軍に囚われても尚 ...すべて表示すべて表示

栗原と糠部―中編―

2018/11/5(月) 午前 4:46

 奥州藤原氏の滅亡後、いつの頃からか駿馬の産地「糠部(ぬかのぶ)」を領することとなっていたのは南部氏でありました。  南部氏は、八幡太郎「源義家」の弟である甲斐源氏「源義光」の流れをくむ武田氏の氏族とされているわけですが、奥州南部氏の始祖 ...すべて表示すべて表示

栗原と糠部―前編―

2018/10/24(水) 午前 10:49

 寛保三(1743)年に書かれた『日本最初奥州宮城郡荒野ノ里馬攊神由来記』に、次のような記述があります。 〜陸奥ハ日本六拾餘州乃内馬生(産)第一にして中でも宮城郡荒野の牧に出生の駒は其性第一なるを以て同郡多賀城の任官時 ...すべて表示すべて表示


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