はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

畿内探索 聖徳太子編

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秦氏とカワラ

 秦氏に関する資料や文献は極めて少なく、どうしても谷川健一さんと大和岩雄さんの著書が頼りになるのですが、細部はともかく、両者とも九州の豊前――現在の福岡県と大分県にまたがるエリア――にその最大の拠点があったとしているところは共通しております。そして、その秦王国ともよぶべきエリアの――大和さんの言葉を借りれば――「天香山(あまのかぐやま)」が、「香春(かわら)岳」であるという部分もほぼ一致しております。
 さて、おもしろいのはその「香春(かわら)」という地名の由来です。『豊前国風土記』では、清々しい川原の村であったことから「清川原(すがかわら)村」と呼ばれていたものが、訛って「鹿春――香春――の郷」と呼ばれるようになった、としているのですが、大和さんは、新羅語での「金の村」カグポルや、韓国語の「銅」カリなどの諸説を取り上げて、畿内の天香具山も含め、いずれにせよ金属に由来することを示唆しておりました。谷川さんも一致しているようです。付け加えるならば、風土記によれば「香春の神」を「新羅の神」としているのですが、大和さんは新羅に併合された「伽耶(かや)――加羅(から)――」のことであろう、としておりました。韓国や辛国などもまたしかりなのでしょうが、香春にはカラの一面もあるようです。
 また、谷川さんは、吉田東吾の『地名辞書』にある「高良は香春の音便なり」という部分を取り上げ、カワラがコウラに変遷したことにも注目しておりました。吉田東吾はコウラを亀甲――甲羅――とも同義であるとして、
「然らば、玉垂命――高良玉垂神――も、若しくは韓国征伐の時、武内大臣――武内宿禰(たけのうちのすくね)――の服給ひし甲にやあらむ」
としているのですが、谷川さんは
「コウラをカワラに由来するという説には賛成する。しかし、東吾のようにそれを武具に擬するよりは、首長や首領という風に理解するのがいっそう自然である。すなわち筑後の平野を一望に収める高良山は首領がいて采配を振るにふさわしいところである。一方香春は秦王国の首領のいたところであるかわ双方にカワラ(コウラ)という名が付けられたと考えられる」
としておりました。
 仮に、カワラが秦氏の一つの代名詞であると考えるとき、秦氏が持つ舞踊という特技から、かつての大道芸人ともいうべき「河原者(かわらもの)」の被差別的歴史の運命の意味合いが微妙に重ね合わさるのは私の考えすぎなのでしょうか。そうなると、『白山大鏡第二神代巻初一』を信じるならば、白山信仰の開祖(中興?)「泰澄(たいちょう)」は秦氏であったようですが、被差別部落に白山神社がよく見受けられることと無関係とは思えません。
 また一方、ここに「高良玉垂(こうらたまだれ)神」や「武内宿禰」が重なってくるとき、少なくとも私は陸奥のニワタリ神を思い起こさずにはいられません。ニワタリ神に見られる特徴の一つとして、高良玉垂神や武内宿禰を祭神としている傾向が少なからず見られたからです。

宮城県仙台市泉区古内の「仁渡神社」
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同多賀城市笠神の「仁和多利神社」
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 ニワタリ神の新たな一面が垣間見れたようですが、どうもこれまで触れたことと無関係でもなさそうですので、いずれあらためて触れようと思います。

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