はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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原初の出羽三山

 出羽三山の原初の信仰とは、天台でも真言でもないことはもちろんですが、あるいは蜂子皇子も仏教そのものも熊野信仰も、全く関係なく成立した「素朴な信仰」ではなかったかと想像しております。
本来は山形県内各地方の身近な“ハヤマ”として、文字通りの「葉山(はやま)」あるいは「鳥海山(ちょうかいさん)」があったのでしょう。
 “ハヤマ”すなわち“ハヤマ信仰”とは仏教輸入以前からある東北人、いや日本人全体にも言える原初的な祖霊信仰の形で、家族に死者が出た場合、その霊魂が身近にある里山――ハヤマ・神奈備山(かんなびやま)――に昇り、そこで浄化されるのを待ち、やがては例えば「月山」のような壮大な霊峰に昇り天に召されるという考え方です。
 昇華され、神になった霊魂は時折ハヤマに降りてくるようで、家族はハヤマから先祖に見守られることによって安心感を得ていたのでしょう。迎え盆や送り盆などの習俗は現代人から見ると一見仏教のようなイメージもありますが、本来仏教では、死者は六道――地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天――のいずれかに生まれ変わるわけですから、“霊魂”という概念がありません。つまり、先祖の霊魂と村人・家族が交流するという概念は仏教以前からの日本人の信仰形態に基づくものと思われます。
 それにしても、その理屈からすると、鳥海山についてはしっくりこない部分もあります。なにしろ鳥海山は月山よりも標高がある山なのです。おそらく、庄内地方から月山を遥拝する場合には、ハヤマは鳥海山ではなく羽黒山であったのではないかと思います。

庄内平野から見た月山と羽黒山
イメージ 1

最上川越しに望む月山と立川の風車群
イメージ 2


 つまり、本来の三山は村山地方の「葉山」、庄内地方の「羽黒山」、そして両地方から共通して「月山」であったと思われ、個人的には鳥海山を含めた三山成立の過程は、また違う歴史に基づくものではないかと思っております。その経緯については鳥海山の山名から推測出来そうですが、ここでは置いておきます。
 そもそも、“三山”という概念が、おそらくは紀州の「熊野三山信仰」の影響であることは間違いないでしょう。そこで庄内地方に元からあった羽黒山と月山のハヤマ信仰に、もうひとつ霊峰を加えてバランスをとろうとしたのではないでしょうか。それが鳥海山であり、湯殿山であったように思えます。

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