|
出羽三山に限らず、三山信仰にすべからく共通するのは“死と再生”というキーワードではないでしょうか。
3つの山で「現世」「死」「来世」といった三要素を三山に仮託しているのでしょう。 月山は死の山です。私は昨夏、ひょんなことから出羽三山登拝の機会に恵まれ、初めて月山の登山に挑戦しました。主催者側からはなるべく白い装束を要求されておりましたので、とりあえず手持ちの白いジャージで臨みました。その時「月山に登るということは一度死ぬということなんですよ」と教えられ、白装束の意味もなるほど納得させられました。 月山の本地仏は阿弥陀(あみだ)如来とされております。どうやら頂上には死後の極楽浄土が待ち受けているようです。 運動不足気味の私は、この月山登拝に向け、一ヶ月前から若干の走り込みを続け足腰の鍛錬をしていたのですが、つくづく若干でも走りこんでいて良かったと思わされました。深夜2時頃に8合目のバスプールを出発して、戻ったのが朝8時頃ですから、約6時間に渡って足場の悪い山道を歩き続けたわけです。頂上付近ではまさによじ登る状態が連続し、両手も駆使しての全身運動でした。恥ずかしながら、下山後足が利かなくなってしまいました。 それにしても驚きなのは、私よりずっと高齢と思しき方々が平然と登っていることです。聞けば、「月山だけは平気で登れる」のだといいます。きっと信仰心のなせる業なのでしょう。 この日、下界は雨が降っておりましたが、登山中白み始める空に星が見えました。どうやらこの日の月山は「頭を雲の上に出し」た状態だったようです。やがて、足元の雲海から朝日がさし始め、来迎を拝むことが出来ました。 さて、山頂にある月山神社は「月読命(つくよみのみこと)」を祀っているとのことでした。 以前、とある地鎮祭に参加した際、司祭の神主とさもない会話を交わしました。その神主はどちらかと言えば新興宗教的な教団の教主といった立場の方でしたが、興味深かったのは毎年必ず訪れる神社が二つあるということでした。そのうちの一つが月山ということで、「東北地方でただ一つの官幣(かんぺい)大社なんです」ということを盛んにおっしゃっておりました。「月山の月読(つくよみ)の神様は最も重要な神様なのです」ともおっしゃておりました。 『弘仁式』及び『延喜式』――古代の六法全書(?)――において、税金の使い道を示す『主税式』によれば、日本全国で正税から祭祀料を受けていた神社は全国に4社しかありませんでした。「陸奥国鹽竈社一万束」「伊豆国三島社二千束」「淡路国大和大国魂社8百束」そして件の「出羽国月山大物忌社二千束」の4社だけです。鹽竈社以外は延喜式神名帳に記載があるということは前に述べましたが、ここでは置いておきます。 ともかく、その特筆すべき異例の4社のうちの1社がこの月山頂上に祭られている神様ということになります。 例えば、鳥海山は具体的に噴火という目に見える形で祟り――蝦夷の祟り?――を具現化しました。そのたびごとに位階を増したという歴史もあります。それに比べると月山は有史以来特別に噴火した形跡もなく、そこまで重要視された――恐れられた――理由については明確ではありません。しかし当時の国家から――むしろ噴火を繰り返した鳥海山よりも――“ちやほや”されているのです。それに対する明瞭な回答を現段階では持ち合わせておりませんが、私はそれが蜂子皇子の悲劇と無縁ではないと想像しております。 東北人としては複雑ながら、当時の東北人は野獣並みの扱いであり、その反乱もある種自然災害の一種であったと思われます。つまり、蝦夷の反乱も鳥海山の噴火も等質のものであり、“蝦夷が祟る”というよりも、何か他のモノの祟りの具現化として蝦夷の反乱も位置づけられていたと考えられます。 つまり、月山の神、そして鹽竈の神が別格な理由は、朝廷側にとって本来正当すぎる何者かの祟りを鎮めたい意思が働いている、と想像しております。 |
全体表示
[ リスト ]




本当の神聖な場所への参拝なんですね。
御祓いとかもあったんでしょうか?
この信仰がどうやって今まで続いてきたのか、すごく不思議です。
2009/4/14(火) 午後 10:17
御祓いもございました。形代(かたしろ)――千と千尋の神隠しでパタパタとついてくる白い紙(笑)――で身体を撫でて厄を移し、供養してもらいました。
また、予めご先祖様の名前を書いた供養串を100本ほど用意させられまして、自分がいかにご先祖様の名前を知らなかったかを思い知らされました。いい機会だったと思っております。
2009/4/14(火) 午後 11:34
スゴイんですね!!100本って!
そういう手順を踏まえると厳粛な気持ちになりますね。
本当に神聖な場所なんですね。
2009/4/16(木) 午前 0:06
ご自身に置き換えて思い起こしていただければわかると思いますが、よほどお寺の過去帳でもあたらない限り、せいぜい曾祖父の代くらいまでしかわからないものです。さすがに100人のご先祖様を確認することなど出来ませんので、「叔(伯)父」「叔(伯)母」含め、思い入れ深い順に1人あたり20本、10本、5本というように調整しながらなんとか100本埋めました。
2009/4/16(木) 午前 5:39