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後に蜂子皇子と同一視される能除大師の姿については、肖像画なり木像なりが存在しております。私も写真でしか見たことはないのですが、正直なところ、これらは実に不気味なものです。大きな鼻とまるで“口裂け女”のような口、とても偉大な開祖の肖像とは思えない、むしろ妖怪の姿をしております。何故このような“絵”になってしまうのでしょうか。これが写実とは程遠く、作者が抱いた心的イメージの具現化だとしたならば、少々悪意の感情を読み取らざるをえません。
もしわずかなりにも写実性があったのだとしたならば、それは人々が能除大師の容姿に対して抱いた違和感をそのまま表現してしまった可能性があります。当然、肖像は本人在世当時のものではないので、口伝による特徴がデフォルメされたのかもしれません。それであれば、能除大師がいわゆる醤油顔の日本人ではなかったことを念頭に入れておいた方がいいのかもしれません。 どうにも「なまはげ」などの“鬼”と同じにおいがします。なまはげに似た習俗は、男鹿に限らず日本海沿岸に広く分布しております。同じ秋田県でも象潟(きさかた)の「あまのはぎ」や、山形県では遊佐(ゆざ)の「あまはげ」、新潟県にも村上の「あまめはぎ」、そして石川県能登の「あまめはぎ」などなど・・・。
これらを全て「海の向こうからやってきた」と言い切れれば面白いのかもしれませんが、残念(?)ながら男鹿の習俗としての「なまはげ」が各地に伝播したものと考えられそうなので、やめておきます。
ただ、根本のなまはげそのものには、やはり渡来人の影を感じます。“異形の相”と言えば、「猨田彦(さるたひこ)大神」を思い出します。天狗のような鼻を持つこの神は、よく「道祖(どうそ)神」――「岐(ふなど)神」「塞(さえ)神」――を祭る神社の祭神として見かけます。 道祖神とは、よく峠の村界や、街道の分岐点、渡船場、などの交通の要所に祀られる事が多いのですが、黄泉の国から生還するイザナギの故事に因み、生死の“境界”に存在した神様であったことからそうなったのでしょう。 そのため、特に辺境の地で信奉されていた神などは、ヤマトが進出する際にその地――異界――を案内してくれた地主神として、杓子定規(しゃくしじょうぎ)に祭神をサルタヒコとされているケースも多々見られます。 杓子定規かどうかはわかりませんが、宮城県の鹽竈神社や志波彦神社の祭神についても本当はサルタヒコであるとする有識者もおります。 |
蜂子皇子伝承―出羽三山信仰の原点
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