はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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瑞巌寺参道
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瑞巌寺本堂
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 我が宮城県では、祝い事や宴会など事あるごとに、まつ〜しぃ〜まぁ〜ぁぁのぉ〜さぁ〜よ〜ぉず〜いぃ〜がんじぃ〜ほぉ〜どぉ〜のぉ〜 てぇ〜ぇぇらぁも〜ぉぉぉなあ〜ぁぁいぃとおぉえ〜・・・・と「大漁唄い込み――斎太郎節――」あるいは「さんさ時雨」を歌います。つい気持よくこぶしをきかせてしまったために歌詞がわかりづらくなってしまいましたが、つまり「松島の瑞巌寺ほどの寺はない」と、瑞巌寺すなわち松島寺を絶賛しているのです。
 そのくらい松島と言えば「瑞巌寺――瑞巌円福寺――」、すなわち「松島寺」が有名です。この寺院は天長五年(828)「慈覚大師円仁」による創建と伝えられており、円仁が「比叡山延暦寺に比肩する寺」という意味を込めて「延福(えんぷく)寺」と名づけたのが始まりとされております。現在のように「“延”福寺」が「“円”福寺」に変わってしまったのは、おそらく宗派が変わったことにより、比叡山延暦寺の面影を払拭せんがためであったのでしょう。
 延福寺は、建長年中(1249〜1255)、時の執権「北条時頼」によって事実上討滅せられ、時頼の支持する臨済宗の寺へと改宗させられました。現在最も広く呼ばれる「瑞巌寺(ずいがんじ)」という名称は、後年にあの独眼竜伊達政宗が、衰微していたこの寺に対し並々ならぬ思いを込めて中興を遂げた際に名づけたものです。
 鎌倉執権北条時頼や仙台藩祖伊達政宗とのこの寺の関わりは、両者の人となりを垣間見る上でとても面白いので、いずれあらためて触れたいと思います。
 さて、円仁が関わった――そう伝えられた――天台宗の寺院、あるいは日吉山王神社といえば、その場所には鎮魂しなければならないなんらかの忌々しき聖地があった可能性が高いと思われます。松島寺の近くにも、やはりしっかり日吉社がございます。これは別に偶然でもなんでもなく、『天台記』によれば円仁は近江の日吉山王社の神輿をかかげ、三千の学生(がくしょう)・堂衆(どうしゅう)を率いてこの地に下向して寺を創立したというのですから、当然なのです。

松島の日吉山王社
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 それにしても、3,000人とはずいぶんと大げさな下向です。これはおそらく“威嚇”でしょう。既に坂上田村麻呂によって平定された陸奥国でしたが、まだまだ残り火がくすぶる危険な香りがする地であったと思われます。従ってこの神輿を掲げた集団の主な構成員は、私は比叡山の僧兵であったと想像します。歴史上、比叡山の僧兵は、京でもよく日吉山王社の神輿を担ぎ、権力者に強訴することがありました。彼らはゲリラ性の強い屈強な特殊部隊です。現代のアルカイダなどをイメージしてもらえば近いのかもしれません。後年、戦国時代に織田信長が比叡山を焼き打ちしたのも、単純に宗教への迫害とだけ捉えては大きな間違いの元になることでしょう。ただし、松島寺創建のときの叡山勢力は国家的な任務を担っており、『天台記』を信用するならば、淳和天皇の勅命によるものであったということになります。
 さて、松島寺や日吉社の現在地は、いずれも当初の場所ではありません。かといって特別に元位置と離れた場所でもないようなので、いずれ、このあたりの何らかを鎮魂したことだけは間違いないでしょう。
 天台宗の一派は、一体この地の何を鎮魂しに来たのでしょうか。
 それに対する私なりの回答については既に触れております。
 松島明神とその鎮座地である蛇ケ崎、あるいは鳶崎(とうひざき)という地名の関係を勘繰ってしまえば、これらを置いて他に何があろう、と思っております。
 おそらく天台宗御一行様は、松島明神に代表される安倍氏の産土神、すなわちトビの一族の信仰を“封印”しにきたのでしょう。
 トビの一族の信仰とは、私が鹽竈大神として疑う「長髄彦(ながすねひこ)」やその兄である“始祖「安日(あび)」”そして彼らの妹「登美屋媛(とみやびめ)」といったご先祖様を筆頭に、『日本書紀』が正しければ妹婿の「饒速日(にぎはやひ)」までも含むものです。
 仮に饒速日を「男神アマテル」であるとするならば、同じくアマテル候補の「天火明(あめのほあかり・ほのあかり)」もそうなのかもしれませんし、男神アマテルつながりで言うならば、ひょっとするとその妃である謎の女神「瀬織津姫(せおりつひめ)」も封印の筆頭に挙がってまいります。
 と言うよりも、実は瀬織津姫について言うならばそのように廻りくどく考えずとも、安倍氏にその信仰があろうことは荒雄川神社を奥州一之宮に掲げた藤原秀衡の信仰からも容易に逆算できることなのです。

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おはようさんです。
その天台宗御一行様の地に帰省しておりまして(笑)、昨夜遅く戻ってまいりました。
日吉大社(地元では、ひよっさん)で毎年四月に行われる山王祭は神輿を担いで強訴する様子を再現したもんやと言われとるのですが、ホンマ、戦争でもすんのかちゅうような暴力的な祭りでして、今野さんが「アルカイダ」とおっしゃられるのも、なんか頷けます。特にアメリカのお先棒担いどった頃のアルカイダ。

2009/8/20(木) 午前 9:02 [ タガメ太郎 ]

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タガメ太郎さん、ありがとうございます。
そういえばタガメ太郎さんは近江の日吉社の門前町にお生まれになったのですよね。ひよっさんの神威はだいぶ強力なようで、だからこそ比叡山のような重要な聖地の守護神にも選ばれたのでしょうね。
比叡山にはいつか絶対に行ってみたいんですけどね・・・・。

現代でも俗語として“神輿を担ぐ”などとはよく言いますが、なかなかうまい表現だと思います。

2009/8/20(木) 午後 7:29 今野政明


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