はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

はてノ鹽竈夜話:今ちゃんの珍道中

[ リスト ]

 この一年アカデミー受賞の『おくりびと』ブームで沸きに沸いた山形県酒田市ですが、その沖合にある不思議アイランド飛島(とびしま)は、鳥海山(ちょうかいさん)の噴火によって沖合に吹っ飛んだ山体の一部であるという言い伝えもあります。
 しかし、島を形成している地質にその関連が認められないことから、科学的にはほぼ完全否定されております。
 とはいえ、私はその名前を通じての共通性に興味を覚えます。鳥海山という山の名前は、わりと近年に名づけられたもののようですが、おそらく当初は「鳥海」と書いてチョウカイとは読まず、トリミ、あるいはトミ、あるいはトビであったことだろうと思うからです。一方の飛島は紛れも無くトビ島であり、いずれかの時代に紛れも無くトビの一族が支配していたことは間違いないでしょう。
 さて、取上げておきながら恐縮なのですが、今回の話題はそこではありません。
 トビの一族についてフィールドワークで駆け巡っていたとき、さんざん耳にした言葉に「鳥海山の伏流水」というものがあります。なにしろ出羽富士と呼ばれるほど秀麗なコニーデ型、すなわち単独峰――厳密にはそうでもないのですが――の鳥海山は、その山体が集めた雨水や雪解け水が、原生林とのコラボレーションで精製されたミネラルをたっぷりと含みながら地中に染み込み、伏流水となっては各所に湧出して山麓の村里を潤しております。
 これは海についても同様で、去る夏、日本テレビの『ズームイン朝』で放映されておりましたが、遊佐町沿岸部で獲れた牡蠣(かき)などは思わず笑ってしまうほど巨大でした。
 牡蠣と言えば海のミルクと呼ばれるほど栄養豊富で、とにかくミネラルがずば抜けて多いわけですから、まさに鳥海山の伏流水の賜物ということでしょう。
 その番組で紹介された海岸に行けば、そちらこちらでこの伏流水も実感できます。
 テレビ放映の直後、家族連れが楽しむその海岸――海水浴場――を私はネクタイを締めた不調和かつ暑苦し恰好で訪れたのですが、私の存在に違和感を覚えたのか海水浴場の監視をしていた青年が近寄ってきました。彼は私を学者か変態のいずれかと思ったのかも知れません。聞けば、テレビの影響で私のような輩がちょくちょく現れるんだとか。
 さて、砂浜のところどころにはポコポコと水が湧き出ております。それを見ていると私はしばしとてつもなく大きいスケール感に吸い込まれていくような思いに囚われました。この水は、そこからゆうに10キロは離れている鳥海山から地下をはるばる流れてきたものなのです。つまり、この湧出口から鳥海山まで地下でつながっているのです。
 ここはどのくらい深いのだろうか・・・。まるで底なし沼でも覗き見るような思いで私は佇んでおりました。
イメージ 1
イメージ 2
イメージ 3

 そのとき、元気な少年が私の方に駆け寄り、なんのためらいもなくその湧水にバシャバシャと突っ込みました。

あ!

 思わず背筋がぞっとしました。

 (そこは危ない!)

 そう言いかけましたが、どうやら心配には及ばなかったようです。湧水部分の深さはせいぜい少年の腰あたりまでだったようです。
 ネイティブ&ワイルドな庄内少年には大変失礼な心配だったのかもしれません。
 私はつい調子に乗ってしまいました。

「君、今のすごく面白かったからもう一度向こうから走ってきてやってくれまいか」

「いいよ」

 交渉成立。
 少年は一度その場を離れ、もう一度こちらに勢いよく駆け出しました。

 ついにやらせ画像を撮影してしまった・・・・。
イメージ 4
イメージ 5
イメージ 6

庄内少年よありがとう。

閉じる コメント(10)

顔アイコン

ニワタリ系の神社を調べていて知ったのですが、磐梯山と鳥海山には、妖怪・手長足長の伝説があります。
伝説は手長足長が村民に狼藉を起こし、困った大物忌主が鵺に手長足長が出たら「いる」、いなかったら「いぬ」と言って教えろと言い??、最後は磐梯山では弘法大師、鳥海山では円覚にだまされて退治されると言うものです。

ところでこの妖怪、足長が手長をおんぶして漁をしたりするのですが、その姿は蜘蛛そのものなんですよね。
案外、名のある国津神だったりして・・・・。

2010/1/1(金) 午前 9:23 [ 平九郎 ]

顔アイコン

nob**oo81さん、ありがとうございます。
それらの伝承は、なまはげの伝説にも共通する部分がありますね。
おそらく根っこは一緒なのだと考えます。

2010/1/1(金) 午前 10:30 今野政明

顔アイコン

済みません円覚ではなく、慈覚大師の間違いです。

因みに手長足長の父親は大山祇神です。
鹿狼山に住んでいた手長は、白狼と愛する年老いた鹿を連れているとされていますが、大山祇神とかぶりますね。

そう言えば鹿狼山にはナガスネ彦も隠れ住んでいたと言う伝説があります。よっぽと足が長かったのでしょうね(笑)。

2010/1/1(金) 午前 10:53 [ 平九郎 ]

顔アイコン

nob**ook81さん、ありがとうございます。
鹿狼山のナガスネヒコの話は全く知りませんでした。付近に似たような話があると面白くなってくるのですがね。
さしあたり、手長足長から派生した伝説でしょうか。

2010/1/2(土) 午前 6:47 今野政明

顔アイコン

八百万の神とは言いいますが、一霊四魂の言い回しもありますし、神様って案外数人しかいないのだと思います。

神様の世界も「勝てば官軍」みたいなところがあり、大山祇神も大山罪神と呼ばれたりしていますので、悪口から派生するケースは少ないと私は思っていますが・・・・。

2010/1/5(火) 午前 1:59 [ 平九郎 ]

顔アイコン

nob**oo81さん、ありがとうございます。
神様が何人(何柱)存在するか云々については、宗教観によって変わると思いますので少なくとも私には結論を出しかねますね・・・。
おそらく原始的な信仰心からすると全てのものに神なり霊なりが宿ると考えられていたでしょうし、全国(世界)の各地域によっても各々信じる神が存在していたでしょうし、自分のご先祖様を神とあがめることもあったでしょうし・・・そういう意味ではやはり数えきれない数の神が信じられていたかに思います。そこに力の強い氏族の影響が入るから神の数も徐々に限定されていくかのように見えるのかと考えております。もちろん、その各氏族の浮沈によってその受け取られ方も変わっていったのではないでしょうか・・・。

2010/1/5(火) 午前 6:40 今野政明

顔アイコン

例えは大井神社は市杵嶋姫・御井神・月読神を祭り、伝承として「市杵嶋姫と御井神が某河川を亀に乗って遡り、急流に差し掛かって亀では上りきれず、鯉に乗り換えて上っていった」と言う話がありますが、他の大井神社には話はそっくりそのままですが、亀に乗ったのは月読神と市杵嶋姫としております。

つまり「御井神=月読神」と考えたり、「市杵嶋姫と月読神」を夫婦と考えたりすれば、多くの物語・神話の謎解きが容易に出来ます。

それを誤魔化す為に古事記・日本書記があり、同じ神に多くの名があるのではないかと考えています。

もっとも聖書も書いた人間は何人もおり、聖書を名言集ととれば問題は無いのですが、歴史書・物語とすれば記述が食い違うケースが多々あり、イエスとヤハウエの考えも食い違います。
故に16万もの教団が発生し、戦争につながったりもしています。
所詮人間では神々の事は全て知る事は不可能ですし、知るべきでは無いとしているのかも知れませんね。

2010/1/6(水) 午後 7:17 [ 平九郎 ]

顔アイコン

nob**ook81さん、ありがとうござます。
もしかしたら、私とnob**ook81さんは永遠に平行線の話をしているのかもしれませんね。
思うにnob**ook81さんは、おそらく人間の都合に翻弄された一柱の神様の悲劇性を克服し復権しようとしていらっしゃるのではないでしょうか・・・。つまり既にご自身の結論を確定した上で投げかけているのではないでしょうか・・・。
あくまで推測ですが、私もかつてnob**ook81さんと同じような思惑を持っておりましたが、調べるほどにどこか違和感を感じたもので、このブログを書きはじめるうえで一度“素”になって眺めてきたつもりでおります。実は一部の方々からは根本が抜けているというご意見も賜っております。しかも全く逆の方向から(笑)。
もしかしたら全く的外れな論考を展開をしているのかもしれませんし、あるいは記紀の術中にはまっているのかもしれません。しかし、仮にそうだとしても何のイデオロギーにも束縛されず“素”で考えたものを書いているつもりなので、今のところ“良し”としております。

2010/1/7(木) 午前 0:23 今野政明

顔アイコン

確かにブログの短い記述では、中々真意を伝えたるのは難しいですね。
私としましては20年以上前のタイトルも著者名も忘れてしまった本に、「塩釜神社にナガスネ彦が祭られており、その境内にナガスネ彦の碑の写真を見た」事から、最近になって確かめたいと思った次第です。
多賀城に同じ塩土老翁を祭っているアラハバキ神社がありますが、塩土老翁がアラハバキ神との考える事も出来ますし、そうなると鬼渡神社もアラハバキ神と有力視される神を祭っている、客人神も考えられるし、伊達家が絡んでいるとしたら、瀬織津姫も十分考えられると思っております。
正直申しまして、神の別名で調べていけば、回りまわって日本の神様は数人と言う結果になってしまい、神社経営の都合と言う解答に行き着いてしまいました。
そこでもう一度原点に帰り、塩竃神社に精通している今野様の率直なご意見を聞きたいと思い、テーマとなる材料を投げかけた次第です。
お考えがございましたら、お教えください。

2010/1/7(木) 午後 11:37 [ 平九郎 ]

顔アイコン

nob**ook81さん、ありがとうございます。
残念ながら、私は神様の姿も霊の姿も見たことがなく、そのあたりは想像するしかありません。私の好奇心の第一は人間の歴史であり、このようなことを言うと敬虔な信者の方々が不愉快に感じるかもしれませんが、神社に伝わる伝承には様々な示唆を感じますのでそこを調べている次第で、祭神表示についての興味は私にとって一部分にしかすぎません。例えば瀬織津姫という女神には大変興味がありますし、大好きな神様には違いありません。そして不可思議な祭祀を深追いすると多くにそれが関わっているらしいことも、なんとなくわかります。しかし、歴史の厚みというもの、時間の地層のようなもののどこかに関わっているものを持って、全てこの女神の秘密性に結びつけてしまっては歴史の本質は見えなくなります。霊感的な部分は弱い私ですが、人間としての一般常識として、日本の信仰のほとんどが一部の神様からスタートしていると考える方にかなりの無理を感じるのです。
多少失礼な物言いになってしまったかもしれませんが、これが私の考え方です。

2010/1/8(金) 午前 6:30 今野政明


.

ブログバナー

検索 検索
今野政明
今野政明
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事