はてノ鹽竈

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倭武天皇一族

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多神社の別格な蓄積稲

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 奈良県磯城郡田原本町に鎮座する「多神社――多坐弥志理都比古(おおにますしりつひこ)神社――」は、延喜式神名帳の大社に列せられた大和国屈指の大社でした。大和国には延喜式名神大社が26社もあり全国最多なわけですが、延喜式撰上より約200年も遡った天平二年(730)にまとめられた『大倭國正税帳』によれば、この多神社――太神社――の田祖は、三輪山の大神神社の五五五束一把を筆頭に、志磯御県神社一五六束三把に続く一三八束四把であったようです――大和岩雄さん著『日本古代試論(大和書房)引用、井上辰雄さん著『正税帳の研究』より――。
 しかし、驚くのはここからです。田祖は大和国内で三番手であった多神社ですが、これが天平二年までの蓄積稲のランキングとなると別格な存在であることがわかります。
 田祖ランキング第一位の大神神社が蓄積稲については四〇一九束三把なのに対して、多神社はそれをはるかに上回る一〇六三二束九把で断トツ一位です。二位の大神神社の2.5倍と圧倒的な経済力であったことがわかります――前述書より――。
 ところで、かつて私は国家の正税から祭祀料を割かれた神社は全国に四社しかないと書き、その中でもいわば国家非公認の式外社である鹽竈神社が何故か圧倒的な比類なき額面の祭祀料を割かれていたことに注目しました。念のため勘違いされないように補足しておきますが、鹽竈神社他三社の弘仁式や延喜式の主税式におけるそれは、国家予算からいくら祭祀料を配分するのかを示すものであり、今挙げた『大倭國正税帳』のこれらは、あくまで“自力”の財力を示しております。
 平安時代において原則“官寺”であるべき寺院と異なり、鹽竈神社他三社に見られるような神社への国家の保護は極めて稀で、通常神社は「氏子(うじこ)」のようなパトロンによって運営を支えられております。したがってこれによって神戸数などの規模もおおよそ逆算出来るということにもなります。
 大和岩雄さんは、この多神社の蓄積稲がずばぬけて多いことについて、「子部神社以下の正税帳に記載されないオホ系神社の稲が含まれているからではなかろうか」と推測しております。大和さんの言う「子部神社以下」とは『多神宮注進状』にある子部神社、目原坐高御魂神社、竹田神社、下居神社など多神社の若宮または外宮のことです。
 多神社境内にある説明板には次のようにあります。

――引用――
多坐弥志理都比古(おおにいますみしりつひこ)神社
(多神社)
祭神 神武天皇・神八井耳命・神沼河耳命・姫御神・太安万侶
由緒  社伝によると、神武天皇の皇子神八井耳命がこの里に来られ、…我、天神地祇を祀る…という由緒をもつ。平安時代の『延喜式』にも名がみえる大和でも屈指の大社である。神八井耳命を始祖とする多氏によって祀られ、中世には国民である十市氏によって支えられた。また、本神社の南には、古事記の撰録にあたった太安万侶を祀る小杜神社や皇子神命神社、姫皇子命神社、子部神社、屋就命神社の若宮がある。
 本殿は、東西に一間社の春日造が並ぶ四殿配祀の形式をとる。江戸時代中頃の建築様式をよく残すもので、奈良県の指定文化財になっている。
 なお、本地は弥生時代の集落遺跡として著名である。
田原本町
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 さらりと書いておりますが、子部神社と目原坐高御魂神社は、『延喜式神名帳』において「月次新嘗にあずかる名神大」の扱いになっているのですから、実は大変驚くべき異例の形態なのです。
 多神社は最高格の神社を二社も若宮として抱えているのです。 

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