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突然ですが、信仰の弾圧という概念について少しだけ書きたくなりました。
鎖国時代、キリシタンが弾圧されたといいます。あるいは、織田信長の時代、一向宗徒が弾圧されたといいます。魔女狩りなどというものも現実の歴史にはありました。他にもそのような例はたくさんあるでしょう。ヒトラーはユダヤ人を弾圧しました。現代でも、一歩間違うとイスラム信徒が弾圧される危機があると思います。 別に、私はここで宗教の問題や、政治問題、あるいは差別などの社会問題を語ろうと言うのではありません。したがって、あまり多岐にわたっての言及はしませんが、とりあえず「踏み絵」なるものをお題に、思ったことを書かせていただきます。 「踏み絵」は何故実行されたのでしょうか。 キリスト、あるいはキリスト教を弾圧するためでしょうか。 私は違うと思います。踏み絵によって弾圧されたのは、あくまで“人間”です。創造主でもイエスキリストでもマリアでもキリスト教でもなく、「キリストを信じる“人間”」です。これが異教徒同士の戦いであったならば話は別ですが、国家権力と特定の信仰との関係の場合、権力側は、その信仰を弾圧したいのではなく、それを信じている人達の持つ属性に危険性を感じるから弾圧するのだと思います。キリシタン弾圧について言うならば、鎖国をしている幕府にとって、西洋文化と交流されることがとても危険なものであったことがその背景にあったからではないでしょうか。 鎖国というのは厳密に言えば日本という国を挙げての“引きこもり”というような類のものではありません。鎖国は、一言で言えば、幕府による“貿易の独占”であったと私は考えております。 幕府は、例えば島津や毛利、伊達といった油断ならない外様大名に独自の貿易を展開されては困るのです。 織田信長が、自身の政治理念として「天下布武」を掲げ、その上で徹底したのは当時の既得権力の破壊でした。既得権力の最たるものは必ずしも戦国大名ばかりではありません。おそらく最大の組織は他ならぬ仏教勢力でした。 いにしえから、僧呂は異国の文物や情報、大陸の先進技術を国内に運んでくる商社マンのようなものでもありました。もちろん、それは火薬など武器となり得るものも含みます。江戸時代以降の、中央政権下にしっかり統制されてしまったちんまりとした仏教勢力と違い、信長以前の仏教勢力は各々知識も金も軍事力もある手のつけられないとてつもなく強力な国際シンジケートでもありました。信長の最大の強敵は武田信玄でも上杉謙信でもなく一向宗勢力――本願寺勢力――ではなかったか、とさえ言われる所以です。 当時の国民は、どこで何をするにも、そこを縄張りとする仏教勢力等に多額な地代や通行料金、あるいは上納金なりを支払わなければならず、国内の経済は閉塞しておりまさしく脳梗塞状態であったといいます。 信長が安土城下で展開した「楽市楽座」というものは、要は信長の領内であれば自由に商売していいということです。逆に言えば、他の地域ではほとんど自由な商売が出来なかったということなのです。 つまり織田信長は既存の悪しき(?)システムを破壊したのです。今ではだいぶ誤解が解けてきたようですが、信長が比叡山を焼き打ちしたのは、決して“天台宗”を弾圧しようとしたわけではありません。信長の改革をよかれと思わない既得権勢力の武力による抵抗を、同じ武力でもって封じただけなのです。 つまり、江戸時代のキリスト教に対して幕府がヒステリックに恐れた理由は、強靭な宗教勢力の再現であり、何より、有力大名と結び付くことでとてつもない経済力と軍事力を兼ね備えた“野党”が創出されることでした。事実、伊達政宗はそれをやろうとしていたようですが・・・。 もし政宗のような狡猾な実力者が現れれば、当然法の網をかいくぐってでも海外勢力と結び付き、幕府と対抗しようとすることでしょう。だからこそ幕府はわずかなほころびも許してはいけなかったのです。 そこで「踏み絵」です。幕府は小さなほころびも許さないつもりでキリシタン探しを徹底したわけです。おかげでたくさんの悲劇がありました。キリシタン信者のほとんどは純粋な信仰心に基づいていたことでしょう。しかし、そうしなければいずれ幕府が倒されてしまう危険性があったことも事実で、歴史を曇りなく眺めるためには、そのようなどうしようもない悲劇性も認めていかなければなりません。 宗教弾圧の悲劇は、ほとんどがそれを信仰している人たちの悲劇だと思います。 現在私たちはそのような世界とは無縁のつもりで生きておりますが、歴史を連綿としたひとつながりで眺めておりますと、必ずしもそうとは言い切れないと感じることが多々あります。 私など、言ってしまえば単に好奇心のみでこのように涼しい顔をして古代氏族云々などと語っておりますが、そこには1000年を軽く超えて現代にまで及ぶ因縁やら何やらが渦巻いていることを感じることがあります。 1000年も2000年もの歴史の中に生きている人々からみて、第二次大戦後の半世紀やそこらに育まれた価値観など、いかに小さなものであるか・・・・。妄想癖のある私などは特に真摯に受け止めなければならないと思います。そのような世界に生きている方々にとって、歴史は過去の話ではないはずです。一時的な感情や流行、そして好奇心などを以て彼らの粘膜に触れるような部分に探りを入れるべきではないのです。 よく、「権力に抹殺された」云々、「封印された」云々などという言葉を書店などで拝見します。大変消費者をを惹きつける言葉でもありますが、平和になった現代において尚も封印されているものというのは、必ずしも権力者に強制されたものだけでもないでしょう。それを語りたくないから語らない場合がほとんどであったはずです。 彼らはどうしても隠さなければならない相伝の秘密を、現代に至っても大切にしていらっしゃることでしょう。 私は、今後も私なりの調査や直感をもとに妄想を展開していくつもりですが、当ブログの読者の皆様で、もしそのような貴い世界に生きていらっしゃって、私が書き連ねている“妄想”に心を痛められているようなことでもあったならば、鍵コメント等でお叱りいただければ幸いです。 |

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鈴川倶楽部です。
>第二次大戦後の半世紀やそこらに育まれた価値観など、いかに小さなものであるか・・・・。
とても、勉強になります。
わたしは、評論家やマスコミのとく「簡単な正義」に、
さいきん、とても疑問をもっています。
2010/4/4(日) 午前 0:11
鈴川倶楽部さん、ありがとうございます。
現代社会では「過去にとらわれてはいけない」が美辞麗句になっているようで、常に新しいことにばかり価値を見出されますが、歴史を眺めていると、過去にたいてい同じことをやっていた人がいることに気付かせられます。
昔も今も、人間の考えることは基本的には一緒なようで、所詮身の回りの道具が変わっているだけであることを思い知らされることがよくあります。
2010/4/4(日) 午前 5:53
今野様、おはようございます。
安倍宗任を遥かな先祖に持ち、往古より宗像の神祀りにご奉職させていただいておりますわたくしどもにとりまして、今回の貴殿の記事はとてもありがたく感謝とともに拝読させていただきました。
宗教の弾圧はおっしゃるとおり、「その宗教を信ずる人間」をおしつぶす事にございます。
それが敵対する者たちを壊滅させる最も有効な手段だからなのです。
歴史の変動に消されたある神を語りつくせとおっしゃるならば、わたくしどもの先祖が受けてまいりました極難をそのままに申し上げねばなりませぬ。
まさに、「語りたくないから語らない」・・・このお言葉のままにございます。
勝手な思い込みではございますが、わたくしどもの想いを代弁してくださったように感ずる今野様の記事に、婆は心からの御礼を申し上げたく思う次第にございます。
2010/4/4(日) 午前 9:29 [ 宗像のばば ]
今野さんがそこまでの心配り・心遣いをされてブログ記事に取り組んでらっしゃることに感銘を受けます。
2010/4/4(日) 午前 10:08 [ - ]
宗像の曾ばばさん、ありがとうございます。
安部宗任公・・・!
私の知識の世界では、陸奥王者の雄、宗任公は、度重なる配流の末、最後は筑紫の地で果てられたということでした・・・。
今、その筑紫宗像の地から、このような身に余るコメントをいただいていることに、私は激しく感動せざるを得ません。
伊達政宗公は400年前の英雄でした。そしてその政宗公は、更にその400年前の英雄、奥州藤原氏に自らの影を重ねていたフシがありました。その藤原氏歴代で最大の権力を誇った藤原秀衡から見て更に100年前、安部宗任公の一族がこの陸奥の地の事実上の王者として君臨していたのですよね・・・。
歴史の知識の中でしか知らない英雄の末裔様が、今このように現実の世界の中で語りかけてくれていることに、とても身の引き締まる思いです。
2010/4/4(日) 午後 8:16
ルゴサさん、ありがとうございます。
身に余るお言葉です。この記事は私の発作的な感情で書きなぐったものなので、賢しらかつ支離滅裂で、もしかしたらいずこからかお叱りを受けるものと覚悟していたほどで・・・、大変恐縮な思いです。
2010/4/4(日) 午後 8:21
かつて、赤松啓介と言う在野の民俗学者がサンカの人々を興味本位とロマンチズムで研究対象とする者に対して今野さんと同様の警告を発していたのを思い出しました。
歴史は「語りもん」やからデリケートでんなぁ。
2010/4/5(月) 午前 9:51 [ タガメ太郎 ]
タガメ太郎さん、ありがとうございます。
私の場合、警告と言うよりも自戒でしょうかね。
例えば、権力者なりに封印されてしまった何かのために役に立ちたいつもりであっても、その行為が必ずしも封印された側のためになるとは限らないこともあります。
一歩間違うと、無理やりカサブタを剥がしてしまうことになりかねず、それでは本末転倒です。
良かれと思ってのことで、むしろ害を与えかねない、そのような皮肉な危険性も考慮しなければならないなあ、と自分に言い聞かせてみたのです。
従って、場合によっては読者の方にブレーキを踏んでもらおうと思い、記事にした次第でした。
2010/4/5(月) 午後 8:25