はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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姫松館から望む栗原市一迫町の田園 川は一迫川(照井川)

 『日本古代試論(大和書房)』の大和岩雄さんは、奈良県の栗原の地名起源となった呉原の“呉”を、あくまで「高句麗」の「句麗(くれ)」であるとしておりますが、私はもしかしたら本当に中国の「呉(ご)」と関係があったのではないか、とも想像しております。
 中国の呉とは言うまでもなく『三国志』で「孫(そん)家」を君主と仰ぐ呉のことです。
 魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の三国志時代、最強であったのはご存知のとおり「魏」でした。
 当然、呉にとって最も厄介であったのもその魏が拡大南下してくることでした。
 三国志では、その魏と対峙するために蜀と結ぶくだり――赤壁の戦い――が有名ですが、よく考えてみれば魏の反対側にある高句麗とも利害が一致しております。互いに魏の背後から牽制すれば、そうそう一方に専念して侵攻するわけにはいかないはずです。
 一概には言えませんが、事実古代朝鮮史において呉と高句麗が手を結ぶ記事もしばしば見受けられます。
 このような関係から推察するに、呉の滅亡後、多くの呉人が高句麗に落ち延びたのではないかと考えるのです。
 最近映画『レッドクリフ』が大ヒットしたので記憶に新しいところですが、呉の強力な軍事力の源は“水軍”でありました。
 敵国領土を通らずの外国への脱出は、船を自由に操る彼らにとって造作もない事であったことでしょう。
 したがって、『日本書紀』で高句麗系渡来人が呉人を称しているのも、私はまんざら虚言ではないだろうと考えているのです。
 ここで、高句麗――高麗――について興味深い話に触れておきます。
 4世紀、一時うだつの上がらなかった高句麗が再び領土拡大をはかって最盛期に至ったのは、「広開土王――好太王――」と「長寿王」の時代であるとされております。
 その広開土王没後二年で建立された俗に「好太王碑」と呼ばれる墓碑があります。
 この墓碑にある高句麗開国の伝承について、主要な部分を簡略に述べた井上秀雄さんの『古代朝鮮(講談社)』を引用します。

――引用――
 扶余王解夫婁(かいふろ)は子がなく山川の神を祭って嗣子を求めた。そうすると金色の蛙形の小児を得て金蛙(きんめ)と名づけこれを養い、位を譲った。金蛙は鴨緑江の河神の娘柳花をとらえて問うと次のように答えた。「私は天帝の子解慕漱(かいぼそ)と自称するものと交わった。その後、彼は帰ってこなかった」。金蛙はこの話を不思議に思って柳花を部屋の中に閉じ込めた。柳花は日の光にあたると妊娠して大きな卵を生んだ。金蛙はこれを嫌って犬や豚に与えても喰べないし、道に捨てても牛馬がこれを避けた。金蛙はこれを割こうとしたが殻を破ることができなかったので、卵を柳花に返した。やがて殻を破って朱蒙が生まれ、七歳になると弓を射ることが非常に巧く、百発百中したという。金蛙の王子たちは彼を嫌って殺そうとしたので、柳花は彼に南方に逃れるようにいった。佟佳江(とうかこう)まで逃げてきたところ追手が迫ったので、川に向って朱蒙は「自分は天帝の子で、河神の孫である。追手が迫っているのでなんとかして欲しい」といった。すると、魚や亀が浮きあがって橋を作った。その後、さまざまな苦労を重ね、ついに朱蒙は高句麗を建国したという。

 これはまさに日光感精神話であり、卵生神話かつ空舟(うつほふね)や母子神信仰、アマテル信仰の典型です。
 善光寺縁起に秦川勝(河勝)が登場しておりましたが、その川勝にもこのような登場説話がありました。
 井上さんは「現実の扶余との関係を強調するとともに、天帝・河神との結合を主張する神話である」と解説して、「高句麗社会の文化を考えるうえに重要な手掛かりとなる」としておりました。
 大和岩雄さんは、奥州の栗原についても「呉原」の転であるとしており、この地も馬の産地であることを取上げております。
 つまり、奥州栗原も高句麗系騎馬民族の巣であった、ということです。
 実際、この地は信濃同様冷涼で馬の産地としてふさわしく、私はその説をとります。それでこそ信濃の高句麗系渡来人に崇敬されていただろう善光寺のレプリカがこの地にあった理由にも頷けるのです。
 では、栗原にはいつ頃から高句麗人が流れてきたのでしょうか。
 先に私は685年から700年代前半がクリハラ地名の発祥時期と想定しました。実は『日本書紀』に記載された一つの天災に注目しているからなのです。
 『日本書紀』は、天武天皇十四年(685)三月、信濃国に灰が降って草木が全て枯れてしまったことを記録しております。天武天皇が遷都候補地として信濃を視察測量させた翌年のことです。
 灰は当然火山灰であり、浅間山の噴火と考えられております。
 奥州栗原の高句麗人は、この信濃の火山灰地獄から逃げてきた一団だったのではないでしょうか。

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