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“トビ”という言霊を意識し始めたのは、トーテム――祖霊信仰――への好奇心がきっかけでした。トーテム考をベースに論を展開する『日本民族ニ万年史(近藤出版社)』の只野信男さんが、多分に『ホツマツタヱ』をヒントにしたであろう設定の中で、イザナギを白鳥族、イザナミを鷹族と分類しておりました。特に、イザナミは『ホツマツタヱ』において「タカミムスビ――日高見国の王統――」五代目「トヨケ――豊受大神に該当――」の娘であるということになっているわけですから、そのまま適用すれば日高見国は自ずと「鷹族の国」ということになります。つまり、我が東北地方は鷹族が治める国であり、多賀城や多賀神社の「多賀」も、鷹族の「鷹」の名残であったというのです。今にして思えば、只野さんの論考はだいぶ飛躍しすぎている感も否めませんが、東北人の私の願望的歴史観を十分に刺激し、「鹽竈神社」の不思議解明に目覚め始めていた私に、本気で東北地方の古代史を探りたいと思わせてくれました。 そのような中、『先代旧事本紀大成経』の「鹽竈大神=長髄彦」説を知り、私は長髄彦の代名詞“トビ”に注目するに至りました――ブログの展開上、鹽竈大神長髄彦説には最終的に辿りついたかに書き連ねておりますが、実際にはかなり早い段階で認知しておりました――。当初私は、朝敵の長髄彦を、高貴な高皇産霊と同じ鷹族と表現することが憚られたが故に、あえて鷹より小ぶりな鵄に貶められたのではないか、などとも考えておりました。 いずれ、長髄彦のトーテムがトビであると考えたからこそ、「金鵄(きんし)伝承――長髄彦軍に対して終始劣勢であった神武軍の弓の先に鵄が止まっただけで形成逆転してしまった伝承――」についても、現実的な解釈が出来る、と論立てしたのでした。この場合、鵄はあくまで長髄彦側にとって神聖なものでなくてはなりません。神武側に神聖か否かは関係ありません。それは、幕末の仙台藩主伊達慶邦がうそぶいていた言葉にヒントがありました。慶邦は、白鳥伝説の聖地宮城県南部の人たちが一揆を起こしたとしても、槍の代わりに竹の先に白鳥の羽をぶらさげて突き出してさえやれば、彼らは震え上がってしまう、と言うのでした。この戦法は馬鹿に出来ません。幕末、軍事力でまだまだ薩長軍を圧倒していたはずの徳川幕府軍が、「錦の御旗――天皇の象徴――」を掲げられただけで戦意を喪失し、敗走するはめに陥っております。おそらく、金の鵄に幻惑されて戦意喪失した長髄彦軍の姿はこれに近いものだったのでしょう。 しかし、そこには一つの迷いもありました。それは、出雲神族の継承者を自称する富當雄さんの主張でした。なにしろ、富さんは「われわれは竜蛇族である」とした上で、長髄彦も出雲神族である、としていたのです。つまり、長髄彦も竜蛇族であると言っているのです――吉田大洋さん著『謎の出雲帝国 (徳間書店)』より――。仮に長髄彦が竜蛇族で、鵄に対してなんの思い入れもなかったのだとしたならば、私の仮説は一瞬にして破綻してしまいます。鵄が正史どおり神武軍の守護神であるとしたならば尚更です。何故なら、神武は初めて畿内の地を踏んだのだから、この時点では天孫族の威光がまだ畿内に及んでいない――饒速日が天孫族ではない前提――はずで、つまり長髄彦にとって神武天皇は侵略者でしかなく、そうみなしたからこそ矛を向けているわけですから、彼らの守護神を水戸黄門の印籠のごとく掲げられたところで平伏す理由がありません。 そこで、私は視点を少し変えました。長髄彦が心酔する饒速日を天孫族への対抗勢力と位置付けていたために盲目になっておりましたが、饒速日を正史どおり天孫系であると認め、鵄が饒速日の代名詞であったとすれば、長髄彦が矛を向けられなく理由になり得ます。それでこそ、天孫族の守護神たるべき鵄に長髄彦軍が戦意喪失したという記述に整合性が出てくるのです。 とりあえず私は、暫定的に次のようにまとめておきました。奈良盆地のどこかに、鳥をトーテムとする饒速日が進出し、なんらかの先端技術を携えて当地の開墾等に貢献し、長髄彦一族に称賛され、一族の姫君――もしかしたら女王――であった「トミヤビメ」と姻戚関係を結ぶに至ったのではないかと考えたのでした。つまり、鵄邑――鳥見(とみ)邑?――なる地名は、饒速日が当地の有力者になったがために生まれたものではないのか、と考えたのです。 この考え方の後押しになったのが「(イワレ彦――神武天皇――は)『記・紀』ともにナガスネ彦と戦っているけれども、相手はむしろニギハヤヒだったのではないか」という考古学者森浩一さんの一言でした。 その後、鳥越憲三郎さんの説も知りました。鳥越さんは「登美毘古こと長髄彦こそ、物部氏が古く本拠地とした鳥見の地の首長であった」としておりました。 つまり、「物部氏の本拠地となった地名の鳥見を、その名に冠していることは注意しなければならない。一般にそうした名をもつ者は、その地の首長であるからである。実際、大和平定の物語を通じて、終始その名を現わすのは登美毘古こと長髄彦である。その意味で彼こそ大和平定時において、物部氏を代表する首長であったとみてよかろう」ということのようでした。 さらに鳥越さんは、『先代旧事本紀』の『天孫本紀』の物部氏の系譜に同名の宇摩志麻治命という父子があることをいぶかしみ、「後世に長髄彦の名を消して、宇摩志麻遲命に改めたようである」としておりました。 宇摩志麻治の名がわざわざ重複して記載されていることは私も奇妙に感じていただけに、この発想には目からうろこでした。ただ、一言補足しておくならば、これを「父子」と読みとるのは鳥越さんの勇み足かもしれません。『天孫本紀』は「天照国照彦天火明櫛玉饒速日命」から連なる系譜として、先に尾張氏系譜、すなわち兄「天香山命」系譜を次のように記しております。 「兒 天香語山命 孫 天村雲命 三世孫 天忍人命 四世孫 瀛津世襲命〜」 この後すぐ、物部氏系譜、すなわち弟「宇摩志麻治命」系譜が次のように続きます。 「弟 宇摩志麻治命 兒 宇摩志麻治命 孫 味饒田命 三世孫 大禰命 四世孫 大木食命〜」 あらためて見ると、必ずしも「“弟”宇摩志麻治命」と「“兒”宇摩志麻治命」が父子であるとは読みとり切れません。鳥越さんは、尾張氏系譜において、天香語山が饒速日の「兒」として始まっているので、物部氏系譜の最初の「宇摩志麻治命」に付されている「弟」も「饒速日の弟」として捉えたのだと思いますが、もしこれが鳥越さんの言うように長髄彦のことであれば、あくまで饒速日の「兄」であるべきですし、全体の流れをよく見ると「天香語山の弟」という意味にとれなくもなさそうです。 とはいえ、やはり混乱を招く不自然な記述方法である感は否めません。もしかしたら、どちらにもとれるように仕組んだ確信犯的謎かけなのでしょうか・・・。 いずれ、宇摩志麻治命の重複を父子と読みとり切れないことだけをもって鳥越さんの仮説が破綻するわけでもなく、私にとって相変わらず魅力的なものであることは念を押しておきます。もしかしたら正史は、饒速日を天孫系とみなすことに憚りがあったが為、鷹より矮小化した鵄と表現したのでしょうか・・・。 さて、ここまでは2008年のブログ開設以来さんざん論じてきたトビ考を簡略化したいわばダイジェスト版です。ここにもう一つ、大変ユニークな説が戦前からあったことを知りましたので、紹介しておきたいと思います。邪馬台国畿内説の重鎮「内藤虎次郎――内藤湖南――」さんの論の流れであろう「勝井純」さんの論考です。 簡潔に言えば、饒速日に関係する土地全てに「トミ」地名が残り、「トミ」とは古代の日本や朝鮮諸国において「帝王」や「最高支配者」を意味する言葉であるという説です。これが女性の支配者であれば「トベ」になるということですが、「トベ」については『日本書紀』を訳した書物などの注記や解説文などによって「女酋長」の意味であることがよく知られております。 例えば、内藤さんは大正八年の講演会で次のようなことをお話しされていたようです。 高句麗の國の傳説には、高句麗の系統といふものは一體東明王から來て居る。東明の名は音通で色々になりまして、鄒牟とも朱蒙ともなることもある。是はどちらも高句麗でありますが、百濟の國になりますと是が「都慕」となります。皆同じであります。東明といふのが又色々に分れるのであります。百濟では都慕と言ひ、高句麗地方の人々は東明とも鄒牟とも朱蒙とも云ふ。日本で大山祇(おおやまずみ)神の祇(ずみ)、海童(わだつみ)の童(つみ)も、同音同義である。 勝井さんはこの論説の主旨を受けて、神武天皇東遷以前の畿内の最高支配者「饒速日命」とトミ地名にそれをあてはめたのでしょう。勝井さんは、「磯城邑に磯城八十梟帥がゐたのであるから、長髄彦の蟠據の餘地はない筈である」「皇軍の兄磯城を攻むるに當り、長髄彦のこれを助けたことを聞かない」などの理由から、磯城エリア――奈良盆地南東部――の「外山(とび)」地名については長髄彦と無関係であることを推断しておりました。私のトーテム論とは乖離してしまいますが、とても捨て難い論考ですので、私の知の財産として脳内ブックマークしておきたいと思います。
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現代生物学上の分類をあてはめるのもおかしいのかもしれませんが、タカもトビもフクロウも大きくは猛禽類で、前2者はタカ目タカ科なんですよね。生息域や捕食対象が微妙に違うとはいえ、それらをトーテムに持つ種族は同族で、族の大小や由緒の優劣の差、それこそ生活域の違いがトーテムの僅かな違いになったのかも・・・と勘ぐってしまいました。
2015/10/6(火) 午後 2:53 [ nya*_sa*n_d**u ]
nya*_sa*n_d**uさん、ありがとうございます。
現時点での私は、本稿末尾の説、すなわち、トビは環日本海エリアにおける「帝王」や「最高支配者」を指す言葉に因むものとしておくのが最も妥当に思えております。
2015/10/6(火) 午後 4:12