はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

全体表示

[ リスト ]

 『東奥老士夜話』が伝える「不動澤」の浸水域は、現在の二日町(ふつかまち) ―青葉区二日町―のほぼ全域を占めていたようですが、この町のとある裏道を入った公園の片隅に、「村境榎(むらさきえのき)神社」なる祠が祀られております。

イメージ 1

イメージ 2


 なにしろすぐに大沼と化すような場所であったようですから、古くからの神社があったとは考えにくいものがあります。とすればこの神社の勧請は不動澤の治水後のこと、すなわち藩政時代以降のことなのだろう、と思わざるを得ないわけですが、案の定、実は第二次大戦前には違う場所にありました。
 昭和29年版の『仙臺市史』によれば、「北一番丁を勾當台通りから少し西に榎の古木があり、下に村堺榎神社の小祠があった」とのことで、かつては仙台市役所のあたりにあったようです。
 その地は、西から東に走る北一番丁の道筋が中町段丘から上町段丘の勾当台(こうとうだい)に乗りあがっていく場所であり、藩政時代には四ツ谷用水の第一支流が自然地形に逆らわず流路を曲げている場所でもありました。
 思うに、おそらくは往古の不動澤が生み出していた大沼のほとりでもあったことでしょう。

イメージ 3


 ご神木と思しき榎の古木は戦災で焼失しており、神社そのものも昭和29年発行の『仙臺市史』上では「廃社」の条に挙げられております。
 平成27年1月15日付「河北新報夕刊」のシリーズ記事「までぇに街いま」によれば、現在のそれは昭和30年代に地元の「二日町親和会」によって再興されたものであるとのことでありました。
 遷座前の「村境榎神社」の鎮座地について、前述同市史には「昔仙臺と荒牧邑との堺であつたという」と記されております。
 一方で、木村孝文さんの『青葉の散歩手帖(宝文堂)』には、「小田原村と荒巻村との村境であったという」とあり、前述夕刊記事や同社境内の石碑に刻まれた由緒にもその旨が刻まれております。
 はて、「仙臺と荒牧邑の堺」と「小田原村と荒巻村との境」とでは少なからず趣が異なります。この齟齬はどう捉えるべきでしょうか。
 もしかしたら、早くに仙台城下に組み込まれていた小田原村の一部が荒巻村と接していたところの境界、ということなのでしょうか。
 『仙臺名所聞書』や『残月臺本荒萩』によりますと、仙台城下は、往昔の荒巻村・小田原村・南目村・小泉村・根岸村の「五ケ村入り合いの地」であったようです。
 両文献とも、城下におけるそれら五ケ村各々の境界について記しておりますが、『残月臺本荒萩』の記す荒巻村と小田原村の範囲は次のとおりです。

―引用:『仙臺叢書(仙臺叢書刊行會) 復刻版(宝文堂)』所載『残月臺本荒萩』―
一 御城下は。 宮城郡國分荒巻村。小田原村。南目村小泉村、名取郡根岸村。以上五ケ村入合の地なり。
一 荒巻分は。 東照宮より南へ。御宮町・六番丁西側斗り、又同社より北六番丁を西え八幡町限り。中島丁淀川岸限り。川内皆御城半分、片平丁米ケ袋、北は杉山臺南は廣瀬川岸限り。若林御藏あてに西通。東は東七番丁うら六道辻。東六番丁を限り。皆々荒巻村也。右之内に。小名多し。
〜中略〜
一 小田原村分。 一西は東六番丁通。御宮町東裏。荒巻村境切。南は原の町。鐡砲町北裏切。西は東七番丁車地藏より南え。東七番丁通。夫より六番丁六道の辻通。西の方に成て。荒巻村境より東は皆小田原村分也。右の内小田原といふは。東北は野を限り。西は御宮町東うら切。南は御旅宮北裏。東六番丁東うら鐡砲町北うらより。東原ノ町御米藏。北向小田原通を押廻。西の方皆小田原といふ也。

 やや文脈の解読に難儀するものの、これを見る限り、荒巻村と小田原村の境は、「東照宮」から南に延びる東六番丁の東裏、すなわち宮町通の東裏を、鉄砲町の北裏の「車地蔵」につきあたるまでの線がそうであり、もしかしたら、それより南の「六道の辻―現在のJR線北目ガードあたり」まで延びているようにも見えます。つまり、東七番丁と東六番丁の間のみが、小田原村として凸状に南隣りの南目村に食い込んでいるかのようにも読み取れます。
 いずれ、このラインが荒巻村と小田原村の境界であったなら、二日町の村境榎明神はこのライン上のどこかから遷座されたということになります。
 一方、安永七(1778)年頃に書かれたであろうこの『残月臺本荒萩』よりもさらに70年〜90年ほど遡った元禄年間(1688〜1704)頃に書かれたであろう『仙臺名所聞書』は次のように記します。

―引用:『仙臺叢書(仙臺叢書刊行會) 復刻版(宝文堂)』所載『仙臺名所聞書』―
〜荒巻村権現の社より。南へ六番丁通り之邊迄。同六番丁通を西へ。二日町東裏切に南へ。高城通を同心町と云。同心町より東三番町通りへ。いれ合新傳町北裏に付東五番町邊を。清水小路六道辻六番町と。七番町の間の邊より。若林御米藏當に。西の分米ケ袋川内北山杉山共に。荒巻之分なり。小田原村西は荒巻村切。南は原の町通り鐡砲町北裏切。西の方にて車地藏より・南へ七番丁六道辻通りへ出る。荒巻村東の分は。小田原分なり。〜

 荒巻村と小田原村の境界については特に変わりないように見えますが、目を引くのは、荒巻村の西端が二日町の東裏までとされているところです。先の『残月臺本荒萩』では八幡町まででありました。
 もう一つ文献をみてみましょう。元禄八(1695)年頃と推定される『仙臺鹿の子』には次のとおり記されております。

―引用:『復刻版 増補 仙臺鹿の子 全 (仙台郷土研究会)』―
御府は五ケ村入合の所なり荒巻村小田原村南目村小泉村根岸村なり荒巻権現の社より南へ六番丁通り邊まで同六番丁通を西へ二日町東裏切に高き通を同心町へ同心町より東三番丁通りへ入り新傳馬町北裏に付き東五番丁邊を清水小路六道の辻六番町と七番丁の間の邊より若林御米藏あてに西の分米ケ袋川内北山杉山共に荒巻村まて小田原村西は荒巻村堤切り東は原の町通り鐡砲町裏切り西の方にて車地藏より南へ七番丁六道の辻通りへなり出て荒巻村界より東の分は小田原村なり〜

 ここでも八幡町ではなく二日町の東裏が境界となっているようです。
 これらを咀嚼するに、おそらく、成立の古い『仙臺名所聞書』と『仙臺鹿の子』が仙台開府後比較的初期における城下隣接各村の残存部分の境界を記しているのに対し、成立が新しい『残月臺本荒萩』の方は、むしろ仙台開府以前の城下町域における古い村域を記しているのでしょう。
 そう解釈することによって、村境榎明神が「仙臺と荒巻邑の境」でありながら「小田原村と荒巻村との境」であることの意味がみえてきます。
 つまり、古くは「小田原村と荒巻村の境」に鎮座していた村境榎明神が、なんらかの事情によって二日町、すなわち「仙臺と荒巻村の境」に遷されたということなのでしょう。
 そしてそこは、不動澤が生み出す大沼のほとりであったと思われます。
 それを前提に推論を展開するならば、おそらく、「村境榎明神」の旧鎮座地は、鉄砲町から南、「六道の辻」迄の東六番丁沿線東側、すなわち、「谷地小路」と呼ばれた東七番丁沿線の西側であったのものと思われます。
 何故なら、「谷地小路」の名が示すとおり、そのあたりは梅田川の増水にともなう清水沼の氾濫域であったと思われるからです―平成版『仙台市史 通史編4 近世2』―。

イメージ 4


 『仙臺名所聞書』や『仙臺鹿の子』と同時代に書かれたと思われる『東奥老士夜話』には、「原の町北裏清水沼むかしは大沼にて。西の方へ押廻し。孝勝寺通邊は不及申。連坊小路のあなた迄。見切かたきほどの沼やちに御座候」、「八十年ほど以前。原の町御取立西の方沼やち埋立上候。材木をわたして其上を通り候よし」、「谷地小路清水小路大やち」などとあり、清水沼の浸水域が現在の榴岡公園西側から仙台駅東口を経て連坊小路のあたりまで広がっていたことを伝えております。
 おそらくは、その浸水域自体が荒巻村と小田原村、はたまた南目村の村境とされ、その水害への鎮めの水神が村境の標となっていたのではないのでしょうか。
 もっといえば、「六道の辻」こそが、村境榎明神の名残の地名であるのではないでしょうか。

イメージ 5


 「六道の辻」について、先の『仙臺鹿の子』には「六道の辻は清水小路北詰の角をいふ六方へ六筋わかりたる街なれば六道の辻といふ又或る説に來世六道を此所へ立つ故に六道といふ此説たしかならず」とあります。このたしかならぬ説の「来世六道」云々にこそ、私は「村境」と通じるものを感じるのです。
 いずれ、城下の建設に排水が必要となったとき、すぐに大沼を生み出してしまう不動澤のほとりにも同種の神祀りが必要とされて分祀ないし遷座されたか、あるいは不動澤のほとりに古来鎮座していたなんらかの祠に六道の辻の神仏が合祀されたのではないのでしょうか。

イメージ 6


 『仙臺鹿の子』には、荒巻村の境として「二日町東裏切に高き通を同心町へ」とありましたが、この「高き通」は『仙臺名所聞書』には「高城通」とあります。しかし、そういった通りの名が思いあたらないので、おそらくは勾当台に連なる上町段丘上の通りのことを指しているのでしょう。。
 なにしろ市役所付近は、中町段丘上の北一番丁が上町段丘、すなわち勾当台に乗りあがっていく場所、すなわち不動澤の推定浸水域の東端のほとりにあたります。
 村境榎明神は、本来は谷地小路や不動澤の水害を鎮める水神として祀られていたのものが、結果として村境であったのではないか、と私は推測するのです。

.

ブログバナー

検索 検索
今野政明
今野政明
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事