はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

全体表示

[ リスト ]

太白山の貴船神社

イメージ 1


 「太白山(たいはくさん)」がある「生出(おいで)地域―仙台市太白区―」は、昭和三十一(1956)年に仙台市に編入合併されるまでは、「生出(おいで)村」なる単独の「村」でありました。その地域の輪郭があたかも旧秋保町においでおいでと手招きしているように見えていたので、地図ばかり眺めていた少年時代の私の頭にはすんなり地名が入ってきておりました。
 オイデなる村名は、太白山の旧称オドガモリにあてられた漢字表記「生出森」に由来するわけですが、古いアイヌ語であろう「オド」には「とんがっている」という意味があると聞いたことがあります。
 「刀」や「乳房」、はたまた「神」の意味とも言われておりますが、ひとまずは“とんがっている”という語源があって、そこから各々転じていったものなのでしょう。
 宮城県北や岩手県南ではよく似た形の山をみかけますが、結構な確率で山名にオド―ヲド―なりウトなりがみられます。今、手元の地図を眺めてみただけでも、宮城県栗原市の花山ダムの北に「大土ヶ森」、南に「大土森」、岩手県一関市から猊鼻渓に抜ける県道付近に「烏兎ヶ森」、同東磐井郡の川崎付近に「烏兎山」、同郡千厩(せんまや)と室根の境には「大登山」の表記がみえました。おそらくはおしなべて里から三角に見える山々なのでしょう。
 また、栗原市栗駒には「雄鋭(おどの)神社」、同築館には「表刀(うえと)神社」なる神社があるのですが、特に後者について、『宮城県神社名鑑』は「表は袁の誤でヲトと訓むべきである」と注釈を付しております。それらの発音に対して「鋭」や「刀」の字があてられていることは留意すべきでしょう。

 先日、十数年ぶりに太白山を登ってみました。
 たかだか321メートルの山とはいえ、前回も結構苦労して登ったという記憶があり、だいぶ体力の衰えた今の私にはたして登りきれるものだろうか、という不安もありましたが、このたび梅雨の晴れ間を狙って挑戦してみたのでした。

イメージ 2


 快適に歩ける太白山一帯の遊歩道は、地主らで組織する「太白山ふれあいの森協力会」の厚意によって管理されているようですが、生出森八幡神社の石鳥居をくぐると登山道らしい雰囲気に変り、参道両脇の狛犬に迎えられながら進むと、社殿わきあたりから存在感のある巨岩が目立ちはじめます。

イメージ 3

イメージ 4


 「貴船神社(山頂)へ所要時間20分」と記された案内板をすぎると、急に傾斜がきつくなり、玄武岩に近い安山岩だという柱状節理の黒いゴツゴツとした岩肌には鉄鎖が張られ、それを手繰りながら這いつくばるように登っていくと、所要時間を10分ほどオーバーして山頂の貴船神社の鳥居が目に映りました。

イメージ 5

イメージ 6


 無理をせず休み休みではあったものの、途中から木々の間に覗き始めた下界の風景を楽しみつつ、なんとか今の私でも頂上に至ることが出来ました。

イメージ 7
山頂の貴船神社

イメージ 8
高さが太白山に合わせてあると聞く超高層マンション・・・

 さて、あえて久しぶりにこの山を登ってみたのは、「太白山の山頂に貴船神社を祀ったのは何者であったか」に興味を抱いた勢いでありました。
 ことさらに興味を抱いた理由は、『仙台市史:特別編9:地域誌』に記載されていた以下の二つの情報が私の頭の中で化学反応したことにあります。

 すなわち、『和名類聚抄』にいう名取郡の「磐城(いわき)郷」は、太白山のある生出地区のことではないか、という説があること――。

 そして、仙臺城の背後の御裏林と一体の太白山や佐保山の藩有林の山守は代々鈴木家であったこと――。

 「佐保山(さぼやま)」の地名についても思うところはあるものの、ひとまず通過しておきます。
 山守の鈴木家は、その姓からみて熊野信仰の家柄であった可能性が高いわけですが、この地域は名取川の対岸を本拠に勢力を強めていた名取熊野の地盤でもありました。
 名取熊野は鎌倉幕府に保護されたとはいえ、その本質は奥州藤原氏の残り形見的な存在とでもいうべきものであり、さすれば山守鈴木家は名取熊野別当の末裔であったのではないか、と私は睨んだのです。
 名取熊野発祥の発火点となった高舘那智社および羽黒神社は、遡れば閖上(ゆりあげ)湊周辺の地主神を起源としていた可能性が高いわけですが、以前、それは高舘山古墳の被葬者と密接に関わりがあったのではないか、と推測しておきました。
 その被葬者について、私は「多珂(たか)國造家」の本家筋と思しき「石城國造家」を輩出することとなる系譜の人物を想定しているわけですが、もし生出地域が名取郡における磐城郷であったというならば符合し得ます。
 仮に、太白山山頂の貴船神社がその一族に祀られたものであるとしたならば、もう一段ギアを挙げた推測に発展する足掛かりとなってきます。
 何故なら、『鹽竈神社史』所収の「鹽社由来考」に、「御釜ノ神ハ貴船ノ由ニテ、貴船ノ一禰宜男鹿島太夫(鈴木因幡守當時十五位下也)竝同宮ノ神子、先祖ヨリ代々、毎年七月六日御釜替ノ神事勤之」という記述があり、“鈴木姓”の鹽竈神社別宮一禰宜男鹿島太夫が、伊達綱村の改革によって消失した「木舟宮」の一禰宜であったものと考えられるからです。

.

ブログバナー

検索 検索
今野政明
今野政明
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

衛生対策製品クレベリンの姉妹ブランド
クレベ&アンドハンドジェルが新登場
今だけ。お試しキャンペーン実施中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
最大10万円分旅行クーポンが当たる!
≪10月31日まで≫今すぐ応募!
抽選で150,000名様に当たるチャンス!
マツモトキヨシで期間中何度でも使える
100円引きクーポン<Yahoo! JAPAN>

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事