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現在仙台市宮城野区岩切の志波彦神社が元鎮座していた場所には「八坂神社」が鎮座しているのですが、名残として境内に「冠川明神(かむりがわみょうじん)」という名前で志波彦大神も祭られております。何故「冠川明神」なのかといいますと、付近を流れている「七北田川(ななきたがわ)」が、その昔「冠川(かむりがわ)」と呼ばれていたことと関係があります。 実はこのネーミングも志波彦神社と無縁ではありません。 地元では、「志波彦様が冠を落とした川だから“冠川”と名づけられた」という言い伝えがあります。 ちなみに「坂上田村麻呂が冠を落とした」という説もあります。 ただ、田村麻呂がいかに蝦夷(えみし)に好意的であったにせよ、朝廷側の人物であることには違いなく、私は仮に志波彦大神に比定されたモデルが実在したとするならば、それはあくまで蝦夷側の人物(神様?)だと想像しておりますので少々なじめません。 それはともかく、冠を落とした原因については、細かく言えば「乗っていた白馬が川底の石につまずいたから」という話と「風にあおられて」という話とあるのですが、いずれも「冠を落とした」という結果については同じでございます。
↑神話時代の日本でこの冠はどうかと思いますが・・・。
また一方「神降り(かみふり)」がなまって「かむり」になったという言い伝えもあります。「神降り」とは、神様が生まれること、あるいは神様がその地に降臨されたことを言います。なにしろ「冠川」の命名には「神様」の逸話が関わっていると考えてよさそうです。 それにしても、この「冠を落とす」という言葉は文字どおりに受け止めていいのでしょうか。 仮に高貴な人物が川に冠を落とすような事件が現実にあったとして、その光景を見た人達は「縁起でもない」と考えただろうことは想像に難くなく、その人物(神様)がその地位にいることを象徴しているもの「=冠」を落とすということは、その地位から転落する暗示に思えたのではないでしょうか。 もしかしたら「冠」とは「生首」のことではなかったのでしょうか・・・。 そこまで過激な想像をせざるとも、いずれにせよ「冠」には、なにかそのパーソナリティの象徴的な意味合いがあったことだけは誰も異論がないと思います。 |
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「冠川(かむりかわ)」は、アイヌ語の「カムイ川(カムイチェブ(鮭)が遡上する川)」から変化したものではないかという説もあります。
ただ、七北田川畔は奥州大乱の際にはかならずといってよいほど戦場になりました。軍事境界線としても重要だったのかもしれません。
八坂神社の成立する「文治5年」とは、源頼朝が奥州仕置を終えて、御家人・葛西氏と伊澤氏(のちの留守氏)に奥州の事後をまかせた年です。もしかしたら彼らがこの地の古い神さまを「志波」彦様と呼んで封じたのかもしれませんね。「志波」が何を指す言葉なのか謎ですが・・。 (COZYより)
2008/12/24(水) 午前 0:28 [ COZY ]
コメントありがとうございます。手探りながら、なんとか自己満足な独り言ブログを立ち上げて以来初のコメントとなり、大変感動及び感謝致してしております(笑)。
ところで、「カムイ」にはそういう意味もあったのですね。私は「カムイ≒神」の意味では考えたこともございまして、いずれにしてもつじつまが合うなあ、などと満足しておりました。
七北田川流域(岩切〜山王周辺)は、往時「府中」と呼ばれて、武士が台頭してからは小幕府の様相を呈していたようで、中央の派閥争いの余波がダイレクトに伝わり、おっしゃるとおり激しく争奪戦が繰り広げられた地だったようですね。
八坂神社の成立時期から背景を読むコメントは示唆深く、参考になります。
今後共ご教示お願い致します
2008/12/24(水) 午前 8:53
> 今野政明さん
>>「志波」が何を指す言葉なのか謎ですが・・
時の政権に敵対する地域や勢力に「志波」とつけることがありますよ、、、この場合もそうなのかわかりませんが、、
2018/1/4(木) 午前 7:21 [ m0l*l*zh* ]
m0l*l*zh*さん、ありがとうございます。
それは全く知りませんでした。
興味深い話しですね。
いつの時代にどのようや場面でそのような事例があったのでしょうか…。
また、それはなんらかの史料で確認出来るようなものでしょうか…。
さしつかえなければ、ご教示いただけると嬉しいです。
2018/1/4(木) 午前 9:12