はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

慈覚大師円仁の戦後処理

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秋保大滝の霊威

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 宮城県仙台市太白区にある秋保大滝は、名取川の全流が55メートルという落差を一気に流れ落ちるド迫力の大滝でございます。
 一説には那智、華厳(といういずれも霊地としては見過ごせない大滝)と並ぶ三大瀑布とも言われ、なによりこの滝の放出するマイナスイオンは国内最大級とのことです。
 現代でこそマイナスイオンの効能は科学的に証明されておりますが、千年以上も昔であればその得体の知れない「癒やし効果」は、いわゆる「気」であり、まさに「霊威」であったことでしょう。
 特に並外れた霊感を持っていたはずの高僧の、さらにトップの地位にあった円仁にとっては、このただならぬ効能はまさに神仏の存在を彷彿とさせたに違いありません。
 それほどの滝が、もしも蝦夷たちにとって重要なご神体として崇められていたとしたら、朝廷側としてはそれをどう扱うべきであったでしょうか。
 円仁の役割として、この大滝の霊威を味方に引き入れることは必須の使命であったと想像します。そのための寺を開基することは、円仁にとって最大級の重要任務であったのではないでしょうか。このことは、円仁が山寺において入定(にゅうじょう)している(だろう)ことからも想像できます。
 円仁はそれにふさわしい霊地を探していたようにも思われますが、その候補地が当初は大滝の手前にある塩滝不動尊あたりであったのでしょう。
 残念ながら円仁はその地においては拒否されたようで、そこで円仁はあらたなる候補地を求めて二口渓谷をさまよい、結局は奥羽山脈を越え、現在の山形県山形市の山寺(立石寺)の地に至りました。
 そこで、これまたただならぬ岩肌の芸術を目の当たりにして、なにやら霊感でも働き、その地を人間としての自らの最終の地とまで決断したのでしょう。
 そこに至る途中にもその呼び水になるような風景があります。
 「磐司岩(ばんじいわ)」といいます。

イメージ 2


 その巨岩の絶壁は実に圧巻であり、これもまた霊的なものを感じさせられたことでしょう。
 いずれ触れていきたいと思いますが、もし、「瀧の神様と岩の神様の“一対”」というものを忌避していたのであれば、特に、秋保大滝を過ぎて現れたこの巨岩は、少なくとも円仁にとっては無視できない忌むべきものであったかもしれません。

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