はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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仁和多利大権現

 幕末の混乱が終息して明治に入りますと、日本は欧米の列強諸国と対等な関係を維持するためにも国家を強く一つにまとめる必要がありました。そうしなければ列強に飲み込まれてしまう可能性が誰の目にもあきらかな時代であったようです。
 そのような情勢のなかで明治政府は、列強諸国の国民が一丸となれる背景としてキリスト教のような唯一絶対的な宗教が存在する、ということに目をつけました。八百万(やおよろず)の神を大切にする日本人の心に変革を起こす必要があったのです。そこで「天照大神(あまてらすおおみかみ)」を絶対的に位置づけ、その直系子孫とされる天皇の下に国民が一つにまとまるべく政策が強権的に始動しました。そのためには、アマテラスから万世一系で連綿と続くとされる天皇家の系譜は特に神聖なものであるべきで、それを貶める可能性のあるものは改められる必要がありました。もちろん外来の宗教はことごとく排除すべきであり、なまじっか国教のように浸透していた仏教などは特に弾圧を受けました。
 いわゆる「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」です。日本は天照大神を頂点とする神の国であり、異国から来た仏教の釈迦(しゃか)も阿弥陀(あみだ)も邪神である、という発想になります。
 かつて仏教(仏法)が日本へ輸入されたとき、古来からの日本の神様も実は「仏様が日本人にわかりやすい姿で現れたもの」として習合されていきました。
 例えば「天照大神は大日如来であった」とか、「八幡大神は阿弥陀如来であった」など、正体(本地)は仏様なのですが、仮の姿(垂迹)で神様として現れたとして、これを「本地垂迹(ほんぢすいじゃく)」と呼ばれました。「仮の姿」という意味では「○○権現」の「権現(ごんげん)」という言葉も同じ意味合いになります。
 長い歴史の時間のなかでは、神道側の反撃として全く逆の「神本仏迹」という説が現れたりもしましたが、明治の廃仏毀釈はそれよりもはるかに強力なものとなり、廃された寺院は数知れないのです。
 宮城県仙台市泉区の「二柱(ふたはしら)神社」もそのあおりを受けたひとつです。
 この神社は従来「仁和多利大権現(にわたりだいごんげん)」と呼ばれていたのですが、廃仏毀釈の流れのなかで「神社」として生まれ変わりました。
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 ところで、仁和多利大権現とは何者なのでしょうか。この権現様はニワタリの他ミワタリ、オミワタリ、オニワタリ、ウミワタリなどとも呼ばれている神(?)と同じようで、陸奥国(福島県・宮城県から岩手県南)に多く分布しております。もっと言うならば――緻密に調べたことはないので断言は出来ませんが――その他の地域にはほとんどみられないようです。おそらく陸奥国が中心の権現様なのでしょう。「権現」というからには、なんらかの本体(本地)があったということの裏返しですが、今ひとつ正体がつかめません。
 二柱神社が現在地に鎮座する前の場所、すなわち「仁和多利大権現“跡地”」の祠を見ると、インド系の神像も見受けられ、真言らしき文言の記載もほどこされているようなので、なにか密教の風景らしきものが息づいているようです。

仁和多利大権現跡地
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 ひとつの情報として申しあげるならば、少なくとも二柱神社の前身である「仁和多利大権現」は、国分氏の氏神であったようです。

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正直申し上げて、志波の神さまをエミシの神さまだと考えるのはやや早計ではないかと考えているのですが、ニワタリさまについては、その奇異な尊名といい、「川の神さま」説といい、非常な興味を感じます。エミシ(その実は多分、鉄を求めてやってきた渡来系民族&南方系海洋民族のミックスではないか?)の神さまは水神か山神だろうと思うからです。
ところで、この画像にはびっくり・・・。これって、もしかして歓喜天ではないでしょうか? 男神だけのようですが、ゾウ二頭で支えているし・・・。

2009/1/19(月) 午前 0:35 [ COZY ]

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志波彦についてはブログ開設時にプロローグという意味もこめて触れておりますが、いずれまた本文のなかでとりあげるつもりでおりました。少々気になる情報としては、『日本総國風土記』において「志波彦神社が祀っているのは「饒速日(にぎはやひ)」とする一文もあるようです。ただし、山下元宮司の『鹽竈神社史料』などでは、その『日本総國風土記』そのものを偽書としておりますが・・・。
ところで、「歓喜天」。やっぱりそうなのでしょうか。私があえてそう書かなかったのは、歓喜天というのは象自体が擬人化しているものだと思っていたので自信がなかったこともあるのです。また、象の“上”に人間の姿をした仏像(?)が乗っていることから、象はいわば菩薩的なものか脇侍に近い役割なのかなあ、とも感じました。 ただ、いずれにしてもそのあたりはあまり詳しくなく、もし何か思うところや「知の財産」がございましたらご教示いただければ幸いです。

2009/1/19(月) 午後 8:34 今野政明

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ああ、そうか。
像自体が「歓喜天」さんかもしれませんね。
つまり古田新太さんと水川・・・いやいや聖ガネーシャと十一面観音さん。どちらかの牙が欠けているお姿なら絶対「歓喜天」さんなんだろうけど・・・。ちなみに十一面観音さんは天神さんと同一でなかったかしら? ひょっとしてこの辺に雷でも落ちた?

2009/1/21(水) 午前 0:20 [ COZY ]

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普賢菩薩というセンもありそうですが、それでもちょっと微妙にスタイルが違いますよね。
十一面観音さんと天神さんのつながりは知りませんでした。
この辺の落雷記録・・・。機会があれば聞き込みしてみたいと思います。

2009/1/21(水) 午後 7:56 今野政明

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>つまり古田新太さんと水川・・・

そういえば夜中に象の鼻をつけたおじさんが出ているドラマを
やってましたね。

歓喜天だったのですね。その辺知ってればもう少し興味深く
みれたかもしれません。(まじめにみてませんでいした。。。)

2009/1/22(木) 午前 8:13 [ ロビンソン ]

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ロビンソンさん、いらっしゃいませ。COZYさんが書いていた古田新太さん云々はそういうことだったのですね。その番組自体を知らなかったので全く気づきませんでした。
COZYさん、無反応ですみませんでした(笑)。

2009/1/22(木) 午後 7:54 今野政明

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いえいえ。しかし、こーいうベタなオチは(自分でやってながら)いかがなものかと・・・。

2009/1/23(金) 午前 0:09 [ COZY ]

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・・・笑
COZYさん。今後共よろしくお願いします(笑)。

2009/1/23(金) 午後 8:21 今野政明

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仁和多利神の正体を知れば、これらの仏像等は洒落だと言うことが判りますよ。

2009/12/15(火) 午前 1:33 [ 平九郎 ]

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nob**oo81さん、ありがとうございます。
つまり正体をご存じなのですね?
これらの仏像等が洒落というか、少なくとも素人さん(?)が何かの見様見真似で祀ったものであろうことは、造詣の深い知人が推測しておりました。

2009/12/15(火) 午前 6:06 今野政明

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今年の9月に「瀬織津姫物語・秘話」の作者、山水治夫氏と一緒に二柱神社に参拝し、奥さんと思われる方に仁和多利大権現について質問(イザナギ・イザナミ神との関係等)しましたが、知らないとの事でした(笑)。
因みに仁和多利大権現は、自分で自分の正体を語っていますので、楽しいですから調べてみてください(笑)。
それから塩竃神社へ参拝し、禰宜さんと70分ほど立ち話しましたが、塩土老翁神について○○神ではないかと尋ねましたら、その可能性もある的な発言をしていました。
塩竃神社の神様は当時の有識者の意見で決められたと聞いていますが、隠している可能性もありますが、案外、神主さんも自分の神社の神様について知らないケースが多いと日本全国の神社を回っている山水氏も言っていました。
私も神主の友人がいますが、同感です。

あっ、全然頓珍漢な話をしてすみません。
私は20年以上前に読んだ本で、塩竃神社にナガスネ彦が祭られている旨の記述と、塩竃神社境内にあるナガスネ彦の碑(写真で見ました)について尋ねましたが、禰宜さんは「その話は初耳」と言ってました。参考になれば何よりです。

2009/12/16(水) 午後 9:22 [ 平九郎 ]

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忘れてました。十一面観音は瀬織津姫と考えて間違いないと思います。

私は仁和多利大権現から、水木しげるの漫画に出てくるとある妖怪??と考えましたが、これも案外間違いでは無いと思います。

2009/12/16(水) 午後 9:27 [ 平九郎 ]

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nob**ook81さん、こんばんは。
いろいろダイナミックに動かれているようですね。

以下はあくまで個人的な考え方ですが、例えば瀬織津姫が秘される要因とは、その多くは瀬織津姫のタブー性そのものというよりも、それを祀っていた氏族のタブー性なのではないか、と思います。

瀬織津姫に限ったことではありませんが、そう思いはじめてからの私は、関係者と会話をするときには、相手が触れたがらない話にはあまり突っ込まなくなりました。あとは行間の推測だけで十分と満足しております。
なにしろ長い歴史です。もしかしたら私ごときの薄っぺらな現代的感覚だけでは介入してはならない世界であるのかもしれません。
逆にタブーの真相を知ってしまったらたぶん何も書けなくなるでしょうね。私の妄想癖にはそういった事情もございます(笑)。

2009/12/16(水) 午後 11:44 今野政明

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早速の返信、有難う御座います。
ご意見ごもっともです。最終的に宗教は戦争兵器に繋がる事もありますし、人を傷付ける結果にもなります。
私の友人も神主ながら神道について語りたがらないのも、その点にあるとの思いもあります。。

瀬織津姫に対して、やはり大分ご存知のようですね。
神社は少なからず荒ぶる魂を沈める為ありますが、それだけの理由のある神ゆえ、その力を利用された故、秘されていると実感しています。
私も秘すべきことには賛成します。

それと現在、今野様のブログ読み始めていますが、大変詳しく書かれており驚きました。
読んでて疑問点がありましたら、またコメントしたいと思います。
今後とも宜しくお願い致します。

2009/12/17(木) 午前 1:04 [ 平九郎 ]

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nob**ook81さん、ありがとうございます。

なにしろ、あまりにも隙間をとりあげていることもあり、妄想に満ち溢れたブログになっております(笑)。

こちらこそ、よろしくお願い致します。

2009/12/17(木) 午前 6:02 今野政明

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コンバンワちょっと此処について調べたものです。
結論からいいますと、ここは旧二柱神社が有った敷地の一部というだけであり、そのものではありません。
当時の氏子の方々がその土地を分割して所有しておるそうです。
この祠も近隣住民の土地でありますが、そちらの方が新興宗教をやっているとかでその結果のこの祀り方だそうです¥。
回りの墓か石碑が野ざらしでにあるのはそのためで、土地の権利者が違うから、だとか。

ちなみに、昔は(万治2年まで)は修林壇東(ここはむしろ南のあたりかと思います)におられたそうで、今はマンションとなっています。
10年ほど前までは畑と林で小さな跡としての祠もあったものですがなくなってしまいました。
ただし、未だに例祭の折にはマンションのほうへ神主が馬を連れてやって宴会を催しているそうです。(写真のほうには行かない)

2010/1/26(火) 午前 2:15 [ せい ]

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せいさん、ありがとうございます。
なるほど、そうなのですね。この場所を見つけたのは、ある主婦が「犬を散歩しているときに怖くて通りたくないところがある」と言っていたのを聞いたことがきっかけでした。
当初、ニワタリ大権現の元位置については実相寺あたりを疑っておりましたが、この祠を見つけて七北田の市民センター(?)で確認したときに、そこであるとご教示いただきました。偶然、宮司がそちらを廻った当日か翌日かであったので、かなりタイムリーな話題として教えていただいたので信じておりました。もしかしたらそのあたり、という意味だったのでしょうかね。まあ、敷地の一部とのことですし、あながち間違いではないのでしょうが、この祠自体はなんら関係がないということなのですね。ありがとうございます。

2010/1/26(火) 午前 6:37 今野政明

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追記:ニワタリに天竺――インド――の属性があることは、他の同系社数例から確認できておりますので、本文の訂正はせずにおきます。

2010/1/26(火) 午前 6:44 今野政明


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