はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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返信: 1679件

[ aki**rek*si ]

2018/4/9(月) 午前 10:39

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初めて参加(?)させて戴きます。巷間伝わる「蒙古の碑」=戦没蒙古兵の慰霊 とするには承服できません。文字なのか記号なのか明確でない「彫り跡」を、江戸期に解読したとする藤塚知明の言を、読めない人々が「正しい!」と言える訳は無い!昭和16年2月27日付けの河北新報を確認して欲しい。「蒙古字」とありますよ。

今野政明

2018/3/16(金) 午後 8:58

kur*s*no2*00さん、ありがとうございます。

まず、引用した藤原相之助さんの当該著書は、

『郷土研究としての小萩ものがたり(伊藤春雄:友文堂書房)』

です。

國分氏の素性について、ご教示によれば九曜紋が千葉氏であることを傍証しているということになるのでしょうかね。

家紋について深く考究したことがないので、的外れだったら申し訳ございませんが、例えば、藤原姓を称する伊達家もしばしば九曜紋を使いますよね。

また、一般に伊達家の家紋とされている「竹に雀」は、たしか上杉家から賜ったものだったと記憶しております。

つまり、家紋というのはそのような顛末を含みおかなければならないものと認識しておりましたが、それは誤った認識なのでしょうか…。

[ kur*s*no2*00 ]

2018/3/16(金) 午後 5:45

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はじめまして、島津陸奥守を検索してたどり着きました。
お尋ねいたしますが、藤原相之助氏の「私は島津氏の存在を是認します」は
どの本に記載されていますでしょうか?お忙しい所大変申し訳ございませんがお教え下されば幸いに存じます。
私は国分氏起源は千葉氏説を高く見ています。理由は国分氏の家紋が九曜で千葉氏の氏族が九曜紋を使っているからです。家紋から家を遡ると、殆どの場合大きく変えてないのが特色で、新たに歴史を偽造する時に勿体ぶって新規に作成したりしている場合が多いからです。

今野政明

2018/3/4(日) 午前 7:09

考える脚さん、ありがとうございます。

三大県民歌などというものがあるのですか。はじめて知りました。
どういう基準で括られたものか、ちょっと気になります・・・。
かつて山形の知り合いが、

〽もが〜み〜が〜わ〜

などとよく口遊んでおりましたが、もしやあれがそうだったのかもしれません。
天皇陛下が作詞なされたとかなんとかで、やはり学校で歌わせられたとか言っていたような気がします。
宮城で県民歌など歌わせられた記憶がないので、そこはやはり三大県民歌との思い入れの違いなのかもしれませんね。

それにしても、その三県が三大というのも、たしかに面白い偶然ですね。

[ 考える脚 ]

2018/3/3(土) 午後 11:21

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> 今野政明さん
ご返信頂きありがとうございます!
信濃と奥羽の縁ですか〜・・・実に知的好奇心を掻き立てられます。
信濃と奥羽といえば、長野の「信濃の国」、秋田の「秋田県民歌」、山形の「最上川」の3つを合わせて「三大県民歌」と呼ばれるそうです。
学生時代はよく秋田県民歌を歌わせられたものですが、そんなところでも縁を感じます。
これを機に今野様のブログを陰ながら応援させて頂きます。
では!

今野政明

2018/3/3(土) 午前 6:26

考える脚さん、ありがとうございます。
そのように言っていただけると励みになります。

また、興味深いお話も教えていただき、ありがとうございます。

確証を得ているわけではありませんが、瀧澤というキーワードを意識し始めてから、多賀城時代から奥州藤原氏時代、はたまた伊達家と真田家の関係に至るまで、奥羽と信濃の間には無意識のうちに引き継がれてきた深い縁があるのだろうな、と思わせられております。

[ 考える脚 ]

2018/3/3(土) 午前 1:17

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はじめまして。
ブログを拝見させていただきました。
今野様が以前、羽後由利氏の「滝澤氏」について研究されていた記事を拝見させて頂いたのですが、実は思うところがあり、コメントをさせて頂きました。
といいますのも、私は秋田県の県南部に住んでいる「滝澤」でして、近隣の「滝澤」氏の大本家に当たります。ですので、先祖の話について幼少の頃より親戚から色々と聞いて育ちました。
私の住んでいるところは文蔵開といいますが、当時どこぞの城に仕えていた先祖である「滝澤文蔵」が拝領した土地を開梱し、切り開いたことから「文蔵開」と名付けられたとのことで、個人的に自分のルーツがどこから来たのか非常に興味を持っておりました。
そこで、今野様の羽後由利氏と滝澤氏について書かれた記事を発見致しまして、心から感銘を受けたので、コメントをさせて頂いた次第です。
良いお話を教えていただいて心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。

冠川(かむりがわ)の神話

志波彦神社と冠川伝説

今野政明

2018/1/4(木) 午前 9:12

m0l*l*zh*さん、ありがとうございます。

それは全く知りませんでした。
興味深い話しですね。

いつの時代にどのようや場面でそのような事例があったのでしょうか…。

また、それはなんらかの史料で確認出来るようなものでしょうか…。

さしつかえなければ、ご教示いただけると嬉しいです。

冠川(かむりがわ)の神話

志波彦神社と冠川伝説

[ m0l*l*zh* ]

2018/1/4(木) 午前 7:21

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> 今野政明さん
>>「志波」が何を指す言葉なのか謎ですが・・
時の政権に敵対する地域や勢力に「志波」とつけることがありますよ、、、この場合もそうなのかわかりませんが、、

今野政明

2017/12/30(土) 午前 6:43

2017/12/29(金) 午後 11:54さん、ありがとうございます。

奈和良元直の祖伊藤孫太郎信茂は、元々萩藩の家臣であったものが、兄弟三人で仙台藩に招かれたようですね。

御存知かもしれませんが、奈和良家は東名以外にも現在の松島町の磯崎、同じく石巻市の渡波(わたのは)、同じく亘理町の鳥屋崎の塩田も開いているようです。
きっと塩田に関してよほどのスペシャリストだったのでしょうね。

川村孫兵衛といい、伊達家は関ケ原によって弱体化した毛利家からめざとく優秀な人材をヘッドハンティングしていたようです。


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