東北地方には縄文時代以来の遺跡がたくさんあります。しかし、いわゆる日本史に東北地方が登場するのは、だいぶ時代が下ってからです。おそらく、東北地方は外国だったのでしょう。
そんな東北地方に散らばる歴史の断片は、ときに日本史にとってとても大切なことを気づかせてくれることもあります。そのような断片を私なりの想像も交えながら紡いでまいりたいと思います。
ブログタイトルの「はてノ鹽竈」とは、紀州和歌浦の鹽竈神社の由緒による、奥州一ノ宮の鹽竈神社の俗称です。
実は、鹽竈神社の謎はもちろん、東北地方の歴史のもろもろの不思議に対する私の考えを表現するには、この紀州和歌浦の鹽竈神社が語る「はてノ鹽竈」という響きほど絶妙なものはなく、また、その語感をなかなかに気に入っております。それでブログのタイトルにも使わせてもらいました。
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先月25日でしたので2週間ほど前になりましょうか、今野様の「騒がしきかな、瀬織津姫を取り巻く現代人」という5月19日の記事に、大分在住の安部様とおっしゃる安倍実任公のご家系の方がコメントを入れておられました。現在、ご自身ででありましょうがそのコメントを削除なさっておられますので拝読は叶いませんが、この場での今野様の複数の書き込みがお返事のみのようでありましたので、おそらく同一の方からのコメントの数々に対するお応えだと推測しております。
さて、わたくしどもの家系も安倍家を元祖にもつものでございます。つい先日も本宗家菩提寺にて法要を済ませたばかりでございます。この時に実任公のご家系の方々もおいでになられましたので、大分在住の安部様のコメントを皆さまにお伝えいたしましたところ、宗任公と実任公についての認識表現が根本から違っております点と基本的なもう一点の相違に、この方を「真」とするには「否」という結論を皆で持ったところでございました。さらに、菩提寺のご住職様も大分在住の安部様をご存知ではありませんでした。
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2010/11/5(金) 午前 10:07さん。
件のお寺がどこであるのかは、あなたがお付き合いされているお寺に聞けばすぐにわかることです。
誇り高きあなたの一族は、苦難の歴史に翻弄されながらその地に生きのびてきたが故、他とは比べようもないほど一族間の結束が強固です。そのような中にあって、一族の精神的主柱とでもいうべき本宗家の菩提寺を御存じないというのは“あり得ません”。
申し訳ありませんが、私はあなたを信頼するに足らないと判断せざるを得なくなりました。
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2010/11/4(木) 午後 2:42さん、どうやら私の言葉が足りなかったようですね。
あなたのご家系の、宗家の菩提寺のご住職から伝言があります。
あなたにお会いしてお話がしたいそうです。是非お寺に来てほしいとのことです。お寺はあなたがおっしゃっているお寺ではありません。始祖様の御法要会の会場になるお寺です。あなた方一族にとって大変重要なお寺です。わからないはずはないですよね。
ご住職は、あなたという存在が思い浮かばないようです。この方は、あなたがお住まいの地方の末裔様の現在の属性を、ほぼ完璧に把握していらっしゃるにもかかわらず、です。それどころか、今でもあなたの直接的な家系の皆様とは交流があり、また、あなたがおっしゃる某寺院とも交流があるにもかかわらず、あなたという存在を思い浮かばないようなのです。
お電話でも結構です。何卒ご連絡を入れてさしあげてください。きっと喜ばれます。
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