東北地方には縄文時代以来の遺跡がたくさんあります。しかし、いわゆる日本史に東北地方が登場するのは、だいぶ時代が下ってからです。おそらく、東北地方は外国だったのでしょう。
そんな東北地方に散らばる歴史の断片は、ときに日本史にとってとても大切なことを気づかせてくれることもあります。そのような断片を私なりの想像も交えながら紡いでまいりたいと思います。
ブログタイトルの「はてノ鹽竈」とは、紀州和歌浦の鹽竈神社の由緒による、奥州一ノ宮の鹽竈神社の俗称です。
実は、鹽竈神社の謎はもちろん、東北地方の歴史のもろもろの不思議に対する私の考えを表現するには、この紀州和歌浦の鹽竈神社が語る「はてノ鹽竈」という響きほど絶妙なものはなく、また、その語感をなかなかに気に入っております。それでブログのタイトルにも使わせてもらいました。
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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
昨日、神戸港のルーツ「兵庫津」や平清盛関連史跡巡りルート沿いに点在する寺社で
近年形成された「兵庫七福神巡り」をしてみました。(JR兵庫駅近辺のものです)
祭神のなかに一応、ある「神さん」を加えていても、それが殆どわからない寺社、
「兵庫七福神」のバナーを沢山掲げている寺社もあれば申し訳程度の一本だけと
いうところもあって、「祭神」に対する温度差って凄いなと正月早々あらためて
思わされました(笑)
今野さんの新春の「ひとこと」、冬眠への挑戦に突っ込みを返信したかったのですが
僕と同様の設定をされているようですね(笑)
今年もたまにしかコメントできず、しても初歩的なことしかお尋ねできませんが
見捨てずにヨロシク御指導下さい。
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今野さんが取り上げておられる、町作りと方位などの思想・科学の関連は面白いですが、僕には今野さんのような知識・学識はないので、来年は取り敢えず安倍晴明・陰陽師関連史蹟を巡ってみたいと思います。京都もですが、神戸とかにも結構あるようです。そんなことも知らずにいました
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