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「なまはげ」とは一体何者なのでしょうか。 「鬼」である一方で、「山の神」であったり、また一方では「祖先の霊」であるともされております。いくつかの言い伝えがあるものの、こまかいところはともかくおおよそ次のような話でございます。 漢の武帝が、五匹の鬼を連れてこの地にやってきたとき、一月十五日の一日だけ鬼たちに自由を与えました。すると鬼たちは畑をあらし、女たちをさらい、とにかく村で悪事を働き村人たちを苦しめました。 困った村人たちは鬼たちに交換条件を出しました。 一夜のうちに村から五社堂まで1000段の石段を築き上げることが出来たなら娘を人身御供に差し出すというのです。その代わり、築き上げることが出来なかった場合はおとなしく村から立ち去って欲しいというものです。 鬼たちは喜んでこの交換条件を受け入れ、作業にとりかかりました。シャレではありませんがまさに鬼のような働きぶりでまたたくまに作業が進みました。 やがて999段まで積みあがったとき、村人たちはあわてふためきました。このままでは娘を差し出さなくてはならないのだから当然でしょう。 あわてた村人たちは鶏の鳴きまねをして、鬼たちに夜明けだと勘違いさせました。鬼たちは驚きました。そしてたいそう悔しがり、怒りながら去っていったのでした。 その後、だまされた鬼たちのたたりを恐れた村人たちは、毎年一月十五日、鬼に扮した若者に村を練り歩かせ、家々を訪れさせ、それをもてなすようになったのだといいます。 全国各地の祭りを見ていると、よく暴れ神をなだめるような類の儀式を多く見受けられます。神輿が町中を荒れ狂う類のものも同じといっていいでしょう。
「なまはげ」も基本的にはそれらと同じところに根があるように思われますが、いかがなものでしょうか。 |
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2008年12月22日
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