はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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 人々は何故祭りの中で神々に暴れさせるのでしょうか。
 これは、神々の鬱憤を晴らして差し上げるところに祭りの目的があるからなのでしょう。人々がなだめることもまたしかり。
 つまり、神々には暴れるだけの理由があり、古来から人々はそれらをなだめなければいけないと思っていたのでしょう。これは、祀る人々になんらかの「後ろめたさ」があったと考えるのが自然ではないでしょうか。
 もちろん現代の人々にはそのような意識もなく、ただ伝統にのっとってそれらの祭りを演ずるに過ぎないのでしょうが、遠い昔にはそうでもしなければ落ち着かないほど、人々はたたりを恐れていたのでしょう。
 「なまはげ」について私論を言うならば、私はこのなまはげこそが男鹿の先住民族と考えます。わざわざ「漢の武帝」という伝承がついていることから、ひょっとしたら渡来系の民族だったかも知れず、あるいは渡来系を取り囲むいわゆるエミシの一部族だったかもしれません。
 いずれにせよ、大和民族はこの男鹿の地から彼らを追い出してしまったのでしょう。
 もしかしたら、この地を追われた先住民族は、この地を占領した大和民族に対し復讐心も抱いたでしょうし、具体的に村人の生活を脅かすこともあったかも知れません。その個別な事象だけを見れば大和民族は被害者ですが、そもそも追い出された先住民族こそが真の被害者であったはずで、そのことをよくよく理解しているのも、実はこの地に後から住みついた大和側の村人たちであったことでしょう。
 だから被害に遭いながらも、そのどこか後ろめたい思いが「なまはげ」という伝統習俗に結びついたのではなかろうかと私は考えるのです。
 男鹿の「なまはげ館」では、地区毎に異なるというなまはげの面や衣装を実物展示しております。
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 これらを見ていて気になるのは、この「なまはげ館」のある「真山(しんざん)地区」のなまはげが、他のどの地区のそれとも決定的に違うということです。
 真山地区は、誤解を恐れずにいうならば、なまはげの本場と言っても差し支えない地区でございます。 だからこそこのような資料館もあるし、この地の「真山神社」は男鹿を代表する神社でもあります。まさに神聖な地区なのです。
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 繰り返しますが、そんな本場「真山地区」のなまはげが、他のどの地区とも決定的に違うのでございます。
 一般になじみのある各地区のなまはげの共通の姿は、当然鬼であるからには頭にツノがあります。そして包丁をふりまわしております。
 ところが、この真山地区のなまはげだけは、そのツノも包丁も持ち合わせていないのです。恐ろしい表情をしてはいるものの、これでは鬼というよりも、怒りで鬼のような顔になった「人間」ではないか。私はなまはげ館でこの真山地区のなまはげ人形をしばし見入りました。そして、これは大和民族が抱いたエミシという存在の象徴的姿なのでは、と思いをめぐらせたのでございます。

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     真山地区のなまはげの面

 ちなみに、この「なまはげ館」のすぐそばにある真山神社にも、「慈覚大師円仁」が関わったとされる伝承があることを記しておきます。

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