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「悟りを開く」。乱暴に言えば仏法の奥儀はそれのみです。私如きが語れる類のものでもありませんが、悟りを開くというのは、世の中に永遠なものなど何一つなく、そもそも全てが“無”であり“空”であることを知ることです。
どんなに繁栄した国も人もやがては必ず滅びます。しかし人々はその幻と言っていい虚像に永遠なるものを期待して、その幻影が消えることへ不安や恐怖を覚えます。人々は、そもそも実体のないものに一喜一憂しており、それが無意味であること、ひいては自分自身ですら“無”であることを実感として知ることが悟りなのです。 言うは易しですが、実際に究めることとは別問題です。ほぼ不可能であろうとも言われております。それをやってのけたからこそ、お釈迦様は、信仰者の数において世界最大級を誇る仏教を生み出す存在になったのでしょう。 人間ゴーダマ・シッダールタ――釈迦牟尼(しゃかむに)――は、悟りを開いた後“仏”すなわち“如来”になったのでした。しかし、そのような概念は後世のものであり、ゴーダマ自身はあくまで哲学的に自らが悟ることのみを考えていただけなのです。とは言え、そのような聖人の存在はそれ自身が周囲の多くの人の精神を救済してしまったに違いありません。人間ゴーダマあらため“釈迦如来(しゃかにょらい)”には、多くの弟子が侍すようになりました。いずれその高弟たちは釈迦の教えを広めることになります。もちろん高弟たちも悟りを開かんと日々努力を重ねたに違いありません。いわゆる“菩薩(ぼさつ)”とはこのような高弟たちがモデルであったのでしょう。悟りを開いた「如来(にょらい)」に対し、あと一歩で悟りを開く状態まで到達したものの、まだわずかに俗世の人間である存在を「菩薩(ぼさつ)」と呼びます。 例えば仏像を見る場合に、その仏像がなんという仏様なのかを見極めるために、脇侍――脇にある仏像――の容姿を見て判断するという方法があります。往々にして飾り気のない質素な如来に対し、まだ俗世の名残を残す菩薩には、身を飾るアクセサリーなど、ある程度の洒落っ気が表現されております。そういった装飾でもってその仏像の正体をおおまかには判断できるのです。 参考までに、仏像が釈迦如来である場合、仏の左側には「文殊(もんじゅ)菩薩」、右側には「普賢(ふげん)菩薩」が脇侍として侍しております。文殊菩薩は「三人集まれば“文殊”の知恵」などと言われる様に知恵の象徴ともされる菩薩で、特徴としては“獅子(しし)”に乗っております。また、普賢菩薩は仏の理や修行の面を象徴する菩薩で、特徴としては“白い象”に乗っております。 その他、「阿弥陀(あみだ)如来」の場合は「観世音(かんぜおん)菩薩」――観音様――と「勢至(せいし)菩薩」、「薬師(やくし)如来」の場合は「日光(にっこう)菩薩」「月光(がっこう)菩薩」という風に、組み合わせにはおおかたのルール(?)があります。 それらの釈迦如来“以外”の如来という概念は、長い歴史の中では釈迦以外にも悟りを開いた如来がいたはずだ、という発想から生まれたものです。前述のとおり、仏法とは本来ゴーダマが自らの哲学のために悟りを開いたものを、弟子たち、あるいは連綿と続く後世の人間がいわゆる“宗教”化したものであって、特に聖書などで基本ルールが明確なユダヤ教やキリスト教、イスラム教などと比べ、“解釈の自由度が高い”という特徴があります。今となってはこれが仏法か?と思えるほどに釈迦のそれとはかけ離れているものもありますが、“悟り”という頂上を目指してさえいれば、途中いかなる手段・方法・経緯があろうとも、一応は仏法(仏教)ということができるのでしょう。 あまり断定的に書くと、宗派によっては「それは違うよ」と言われかねないような危うさもあるのですが、そのあたりに触れておかなければ私が今後語ろうとする本文の展開が難しいと考えたので、少し踏み込ませてもらいました。だいぶ遠回りしたようにも見えますが、私がとりあえずここで触れておきたかったのは“弥勒(みろく)菩薩”のことなのです。 弥勒菩薩とはどういう菩薩なのかといいますと、簡単に言えば“釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)――ゴーダマ――”に続いて仏になることが“約束された”菩薩のことです。弥勒菩薩は、釈尊(しゃくそん)入滅後――ゴーダマの死後――56億7千万年後に仏――如来――となってこの世に下生(げしょう)して、お釈迦様の救いから“洩れた”衆生をことごとく救ってくれる予定の、とてもありがたい菩薩なのです。 釈尊入滅後、教団の統率者となった釈尊の弟子、「迦葉(かしょう)」――マハーカーシャパ――は、遠い未来にやがて下生する弥勒へ釈尊の“法衣”を渡すという使命を帯びておりました。 その気が遠くなるような56億7千万年後の役割のために、迦葉があたかもミイラのごとく入定した山が、実は「鶏足山(けいそくせん)」なのです。以前も触れたとおり、私はその名前がニワタリのネーミング変遷に影響を及ぼしたのでは、と考えているのです。 |
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2009年02月10日
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