はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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 北陸自動車道でフォッサマグナを通過した車は、新潟県と富山県の県境のトンネル群に突入します。当然このトンネル群が貫く山塊も、フォッサマグナを取り巻く地殻変動と密接な関わりをもっているわけですが、縄文期のヌナカワ――糸魚川――が、ヒスイなる鉱物資源の我が国最大の産地として確固たる地位にあっただろう特殊事情も、おそらくこの地球規模の地殻の営みと無縁ではありません。地殻プレート同士の壮大なせめぎ合いで生じたひずみは、少なくとも深さ6000メートルを超えます。それは、6000メートルものボーリング調査をしても、断層を隔てた隣接の北アルプス同様な古い地層に到達出来なかったとのことから、間違いありません。その北アルプスの山塊が3000メートル級であることを考えると、少なくとも合わせて9000メートルを超えるわけですので、延べの深さ――高さ――だけで言うならヒマラヤ山脈ですらすっぽり入ってしまう壮大な溝であるということになります。その溝を埋め尽くしている地殻マグマの噴出物は比較的新しい火山列を成し、地層岩石の山塊は日本海の深部からもせりあがり、それを強引に貫く北陸自動車道は、当然トンネル三昧となります。さすがにインターチェンジまでは山塊の内部というわけにもいかず、海の上に押しやられた形で展開しておりますが・・・――親不知インター――。
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 この地形を鑑みるに、同じ越エリアとは言え古代の越中――富山――と越後――新潟――は、陸路としては隔絶されていたことでしょう。追いつめられた阿彦は、この天嶮を越えて越後の魚沼に逃れたのでしょうか・・・。
 さて、富山県は、私にとって北陸自動車道を利用して関西方面に向かう際の、一つの目標地点でもあります。このルートを走行する場合、必ず富山県内のサービスエリアで「鱒の寿司」とサントリーの「伊右衛門はん――宮沢りえさん風に表現――」を堪能するものと決めており、途中での間食状況に応じて器の丸型か長方形かも決まります。それが私の越中入りの儀式なのです。
 しかし、富山県を目的地とした旅の場合、少々リズムが狂います。何故なら、目的地に到着して尚、サービスエリアで弁当を買う意味があるのだろうか、という葛藤が生じるからです。街中に繰り出して地元の名物を堪能した方がいいのではないか・・・、道中そんなことばかりを考えて車を走らせてしまうのです。結局は鱒の寿司と伊右衛門はんを買ってお茶を濁してしまうのですが・・・。
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 蛇足ながら、サービスエリアで求める自動販売機のコーヒーにも多少のこだわりがあります。基本的にミル挽きレギュラーコーヒーであることは必須であり、コーヒールンバが流れるものであればモアベターです。ただし、ミル挽き抽出の待ち時間はおろか、その旅の間もずっと「昔アラブの偉いお坊さんが〜」と頭を駆け巡り続けるということには気をつけなければなりません。
 コーヒールンバを聞くたび、妙に思い出してしまう情景もあります。かつて、深夜割引を利用した道中、あるサービスエリアに同機種が二台並んでいて、身も知らぬ御方とほぼ同時に購入したときがありました。微妙にずれた購入タイミングのおかげで、不細工な不協和音として奏でられた名曲コーヒールンバは、もはや不快な雑音と化しておりました。
 深々とした夜の闇に心を休めるとき、数多あるサービスエリアのこの時この場所で、何も同時に買わなくてもいいではないか・・・と、おそらく先方も思われていたことでしょう。見知らぬ二人が無言で不快な不協和音を聞き入るその空気感・・・、夜のしじまのなんと饒舌なことでしょう・・・。


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 西へ向う北陸自動車道は、日本列島を真っ二つに分ける「フォッサマグナ」なる巨大な地溝帯を横切る形になるわけですが、上杉謙信ゆかりの春日山城の下をトンネルで抜けると、縄文文化を潤したヒスイの一大産地「糸魚川(いといがわ)――新潟県――」に至ります。そのあたりは、フォッサマグナの本州日本海側の西端とされております――東端については新潟県柏崎なり同県新発田あたりと考えられますが未だ不明瞭――。
 この糸魚川のヒスイは、青森県の「三内丸山(さんないまるやま)遺跡」からも出土しており、広範な縄文交易の実態が窺われるものでもありますが、三内丸山に縄文文明都市が存在したごとく、その交易相手の糸魚川にも当然ヒスイに特化した一大文明があっただろうことは想像に難くありません。それが後にヌナカワヒメを輩出することとなる越の一大勢力をこの地に育んだのでしょう。
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三内丸山遺跡で発掘されたヒスイ大珠

 なにしろ、この糸魚川は、旧くは「ヌナカワ」と呼ばれておりました。もちろん「ヌナカワヒメ」の「ヌナカワ」です。ヌナカワヒメと言えば、「諏訪のタケミナカタの母親」という“記・紀にない伝承”が、ほぼ定説化しております。
 『古事記』での「沼河比売(ぬなかわひめ)」は、「八千矛神(やちほこのかみ)」から求婚され、それを受け入れ結ばれております。
 八千矛神は、一般的に出雲の「大国主命」の別名とされておりますが、元来は別神であったと、『古事記(講談社)』全訳注の次田真幸さんは補足しております。
 沼河比売に求婚せんと通い続けた八千矛神は、ある時太刀の緒も解かず、襲(おすい)もまだ脱がないうちに乙女の寝室の板戸を押し揺さぶり引き揺さぶりして立っておりました。すると、鵺(ぬえ)やら雉(きじ)やら鶏やらがけたたましく鳴きわめき、それをうっとおしく思った八千矛神は、天馳使――鳥の使い――に鳥たちを打ちたたくように要請しました。
 すると沼河比売は戸を開けないままに次のように歌いました。

――引用:次田真幸さん全訳注『古事記(講談社)』より――
八千矛の神の命よ、私はなよやかな女のことですから、わたしの心は、浦州(うらす)にいる水鳥のように、いつも夫を慕い求めています。ただ今は自分の意のままにふるまっていますが、やがてはあなたのお心のままになるでしょうから、鳥どもの命を殺さないで下さい、空を飛びかける使いの鳥よ。――これを語り言としてお伝えします。(三)
青山の向うに日が沈んだら、夜にはきっと出て、あなたをお迎えしましょう。そのとき朝日が輝くように、明るい笑みを浮かべてあなたがおいでになり、白い私の腕や、雪のように白くてやわらかな若々しい胸を、愛撫したりからみ合ったりして、玉のように美しい私の手枕として、脚を長々と伸ばしておやすみになることでしょうから、あまりひどく恋いこがれなさいますな、八千矛の神の命よ。――これを語り言としてお伝えします。(四)

 美しい歌を掛け合うラブロマンスのようでもありますが、沼河比売の歌にある生々しい描写はほとんど官能小説でもあり、また、引きこもって拒み続ける乙女の寝室の戸を強引に揺さぶり、邪魔な鳥たちを殺そうとまでする八千矛神の暴力性は、もはや、強姦まがいの夜這いに思えます。
 ここでの鳥たちは、額面どおりの鳥たちではなく、沼河比売の親族や側近、あるいは越の民のことではないでしょうか。つまり、当地の女王ないし姫君であったと思われる沼河比売は、敗戦色が濃厚となった段階で、周囲が殺されないように自らの身を捧げ、侵略者に屈する決意を表明したのではないでしょうか。 これは「越」が八千矛神勢力の支配下に入った逸話を示唆しているものと考えられます。仮に八千矛神を大国主命に重ね合わせる『古事記』の論調の視点に立つならば、これは諏訪神タケミナカタ出生秘話の示唆と捉えていいのかもしれません。
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 『古事記』はこの後、八千矛神の正妻である「須勢理毘売(すせりびめ)」が嫉妬し、夫がそれを必死でなだめ、あらためて夫婦の契を交わす流れになります。この下りの表現も先に負けず劣らず官能小説ばりなのですが、須勢理毘売は、ここで明確に「八千矛の神の命や吾が大国主」と呼んでおります。
 このあたり、謎の諏訪神を考える上で掘り下げれば次々と興味深い話題に展開出来そうなのですが、とりあえずここでは「夫の移り気と、嫉妬する正妻」という構図を取上げ、あえて“強調”しておきます。

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