はてノ鹽竈

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 仙台城に新たな名所が生まれそうです。今朝――平成23年9月8日――の河北新報朝刊に次のような記事がありました。

――引用――
仙台城跡、大広間整備へ 市教委が基本設計案 藩政の舞台を体感
 国史跡の仙台城跡(仙台市青葉区)で、本丸大広間の遺構を基に平面の野外展示施設が整備されることが7日、決まった。市教委が同日開いた「青葉山公園にかかる仙台城跡整備委員会」(委員長・入間田宣夫東北芸術工科大教授)で基本設計案を示し、承認を得た。大広間の規模や配置が浮かび上がり、仙台藩祖伊達政宗が築いた城の最重要建造物を体感できる空間になりそうだ。
 展示施設の予定地は「伊達政宗公騎馬像」の西側にあり、総面積は約2500平方メートル。大広間跡の整備は東西方向に33メートル、南北方向に26〜40メートルの範囲を想定している。
 大広間は藩政を執り行う中心的な施設で、藩主に家臣が謁見(えっけん)したり、将軍や天皇を迎えたりする場でもある。藩主が座した「上段の間」をはじめ、身分に応じて家臣に割り当てられた幾つかの部屋から構成される。市教委による発掘調査と江戸時代の「御本丸大広間地絵図」などから、規模や配置の詳細が判明しており、調査後に埋め戻された遺構の真上に整備する。
 設計案によると、各部屋の名称と役割を、地面に埋めた陶板パネルで解説。柱を支えた礎石や、軒からの雨水を受けていた雨落ち溝も配置する。畳敷きや板張りなど、部屋の格式の差は、舗装の色で表現する。
 隣地にある「仙台城見聞館」も改装する。館内の壁に「上段の間」の床の間にあった金箔(きんぱく)の「鳳凰(ほうおう)図」を原寸大で復元。政宗が愛した豪華絢爛(けんらん)な安土桃山文化の一端を再現する。
 ただ、市の仙台城跡整備基本計画は東日本大震災で見直し作業を強いられ、大広間跡の整備時期は未定。市教委文化財課は「被災石垣の復旧など災害対応を優先させながら、開始時期を見極めたい」と話している。

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 さて、私は昨年8月29日の記事で次のように語りました。

個人的には、本丸御殿を復元してほしいと思っております。度々とりあげましたが、御成門や上々段の間がある本丸御殿です。藩政時代の御大工であった千田家が仙台市博物館に寄贈した立面図を見るに、この御殿はあたかもあの世界遺産「二条城」のごとき貫録があります――厳密には桃山建築で、お手本は豊臣秀吉の聚楽第とのことですが――。

 つまり、私の夢は潰えてしまったということになります・・・――そうでもないか・・・――。
 まあ、やむを得ないでしょう。これをまともに復元するとなれば、莫大な予算を必要とすることは必至と思われます。なにしろ、仙台城本丸御殿は、あの伊達政宗が精魂こめて建造したものなのです。つまり、当時国内指折りのVIPであり、且つ、国内指折りの派手男が、江戸城と同規模の国内最大の天守閣の摸型と天守台まで用意しておきながら、天下人徳川家康に憚って自粛せざるを得なかった、その鬱憤を、ぶつけるように金に糸目をつけず、贅を極めて作り上げた最高傑作の建築物がこの本丸御殿なのです。当然、漆や金箔もふんだんに塗りたくって仕上げていたことでしょう。しかも、既に現存しないものを新築するということは、松島瑞巌寺や大崎八幡宮のような“修復”とは全く次元が異なるのです。
 それでも、観光名所としてあまりに殺風景な現状よりは、その存在を体感しやすくなって良いことだとは思います。
 ただ、遺構平面の野外展示という部分には大きく懸念するところもあります。野外に線引きするとなると、恐らく、本来広大なはずの大広間もかなり狭隘で貧相に感じることと、予言致します。家を建て替えされた方ならおわかりかと思いますが、既存建物の解体現場や、地鎮祭などで、壁や屋根がない状態で家や部屋の広さを確認すると、「え、こんなに狭いの?」とがっかりするものです。人間の視覚というものは、寸法や距離を、数値などの絶対的なものではなく、無意識な比較によって相対的に推し量った映像でもあります。誤解を恐れずに言うならば、視覚とは経験値に基づく錯覚の積み重ねのようなものです。これはと思った遠くの風景を撮影し、画像にしてみたら、自分の目で見たときのような迫力の面影を感じられなかった経験はございませんでしょうか。例えば、太陽や月は、日ノ出や月ノ出、はたまた日ノ入や月ノ入の際、地平線付近ではやたら大きく見えるのですが、そのときに普通のレンズでそのまま撮影しても全く大きくなかったり、あるいは肉眼でも頭の上にある場合は妙に小さく見えます。実際には大きさも距離もほとんど変化がないにもかかわらず、私たちにはあきらかに大きさが変化しているように感じます。これは、私たちの視覚が、地平線付近にある太陽や月を、遠くにある山並や木々、建物など日常として大きさを把握出来ている地上の物体と、無意識の内に比べているからと考えられます。
 つまり、屋内においては、最も遠い風景はせいぜい部屋を仕切る間仕切り壁やフスマであったりするわけで、一坪――畳二帖分――の寸法もそれを基準にした距離感で推し量られているわけですが、その壁やフスマが存在しない屋外においては、はるかに広大な風景の距離感をもって一坪の広さが推し量られることになります。屋外における一坪など、なんともちっぽけな広さでしかありません。
 くどくどと語りましたが、とにかく、平面スペースだけの野外展示では、どうしても小さく感じてしまう、ということだけは、覚悟しておかなければなりません。
 それにしても、上記新聞記事には藩主が座した「上段の間」について触れておりますが、これはどこの城にでもあるものですから、とりたてて強調すべきところでもないような気がします。それよりも、度々触れているとおり、「上々段の間」こそもっと強調すべきでしょう。大広間において、これほど政宗の壮大な野望を示唆するものは他にないと考えます。新聞記事にはさらりと「将軍や天皇を迎えたりする場でもある」などと書いておりますが、はっきり言って当時この発想は狂気の沙汰以外の何物でもなかったはずです。
 そのあたり、二年前、平成21年8月28日の拙記事で語っておりますので、それを再掲し、締めくくりたいと思います。

 さて、瑞巌寺には実に面白いものが残っております。
 「御成門(おんなりもん)」「御成玄関」そして「上々段の間」です。
 実は同じものが仙台城にもあったのですが、仙台城の建物はほとんど現存しておりませんので、残念ながら今となっては間取り図面と、この瑞巌寺の現物を見てイメージするしかないのです。
 瑞巌寺を案内するガイドさんは、「ここは天皇陛下を招いたときだけに利用するものです」などと、さらりと言ってのけておりますが、これはものすごく驚くべきことのはずです。少なくとも私は、こういった行幸――天皇の外出――に備えた施設がある建築物というものを、例えば織田信長の「安土城」や徳川幕府の「二条城」など、天下人のものしか知りません。
 将軍家の本拠「江戸城」への行幸ですらあり得ないのに、外様大名が天皇を自分の城や寺院に呼びつけるなどと、狂気の沙汰以外なにものでもありません。これがいかにとんでもないことであったのかを政宗は知らなかったのでしょうか。いやそんなことはありません。それどころか、どうやら他の誰よりも認識していたようなのです。
 NHK大河ドラマからの知識で申し訳ないのですが、『葵三代』でこんなシーンがありました。
 三代将軍家光が、絶頂期にあった徳川幕府の威厳にうぬぼれて天皇家を軽んじ、若気の至りとでもいうのでしょうか、江戸城に呼びつけようとしました。さすがに父親である大御所秀忠が困惑してしまい、この件を政宗に相談したのです。そこで政宗は「それはとんでもないこと」として、折衷案を出します。せめて江戸城ではなく、京の二条城に行幸を願うというのです。それであれば、将軍は“京に上る”という体裁になり、一方天皇も“将軍家の城に行幸する”という絶妙なバランスになるわけです。
 この話は、大河ドラマの脚本上のものだけではなく、どうやら実際にそういった逸話が伝えられていた、と、ドラマのガイドブックに書いてあったのを見た記憶があります。曖昧な出典ですみません。
 いずれ、これが本当であれば、あの野心家政宗が、将軍家光以上に天皇家を重んじていたことがわかります。
 将軍に対してこんな提案をするほどの政宗が、一方で自らの城や寺に天皇を招く準備をしているというのはどういうことでしょうか。
 これは、「天皇とその臣下」という“親子の関係”から、将来的には対等とまで言わずともせめて“兄弟の関係”になることを見据えた政宗の心理の表れかと思うのですが、いかがなものでしょう。


※平成25年1月26日追記
 将軍家の二条城上洛への伊達政宗の関与について、NHK大河ドラマ『葵三代』の上記逸話のモデルになったであろう記録を見つけました。

――引用:『奥羽観迹聞老志補修篇』――
中将綱村朝臣か藩の秘事を記し置かれたる『天文道三箇秘録』と云書に據るに。政宗卿嘗て尊王の大義を説きて。将軍秀忠公を極諫せられし事あり。爾来幕府の皇室に對する敬禮供御等大に面目を改む。寛永三年前将軍秀忠公。将軍家光公上洛の時。政宗卿も倍せられ二条城行幸あるに及びて。卿は権中納言に進められ。此時特に聖旨を以て寮の御馬に紫の厚總懸けて卿に賜はり。同時に菊桐の御紋をも勅許ありきと。此異常なる天恩は不言の中に前の諫言に酬いられしとぞ推測奉る。

 それにしても、藩の秘事を記し置かれたる『天文道三箇秘録』が気になります。

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