はてノ鹽竈

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姉妹の沼神

 『七ヶ浜町観光ガイドブック(七ヶ浜町産業課水産商工係)』に、次のような民話伝説が紹介されておりました。

――引用――
沼神の手紙
昔、菖蒲田浜では、「阿川沼の主は大蛇だ」と伝えられていました。あるとき、村の男がお伊勢参りの帰りに、奈良の猿沢の池のほとりにさしかかったら、美女が現れ、「どこまで帰るのっしゃ」と尋ねたので、男は「菖蒲田浜の阿川沼の近くさ帰んでがす」と言いました。すると女は「あの阿川沼には私の妹が居んでがす、橋のたもとで手ばたけ三回すっと、妹が出て来っからこの手紙ば渡してけさえん」と言って男に手紙を託しました。男は大事に懐にしまい、村に帰りました。そして家の人にお伊勢参りの土産話をしているとき、つい美女から手紙を預かったことを話してしまいました。不思議に思った家の人たちは、男が寝てからこっそり手紙をみると、そこには「この男、少しのんびりしてるので捕って食ってしまえ」と書いてありました。家の人達は驚き、「他人に用事を頼んでおぎながらとんでもねえごった」と言い、「この男、根っからの正直者だから、一番良い褒美を与えよ」と手紙を書き改めました。そうとは知らない男は、翌朝阿川沼へ行き教わった通り手ばたけすると、沼から美女が現れました。頼まれた手紙を渡すと、それを見た美女は「ちょっと待ってけさえん」と言い沼へ戻りました。しばらくすると、たくさんの宝を持って再び現れ男に与えました。おかげで男は村一番の大金持ちになったといいます。

 この民話に、私は大変興味を覚えました。
 最も注目しているのは、手紙を渡す姉が「猿沢の池」の畔に現れていることです。
 猿沢の池は、奈良の興福寺の隣にある池のことでしょう。
 したがって、お伊勢参りの帰路に立ち寄ったというのは不自然と言わざるを得ません。
 あえて立ち寄ったか、あるいはあえてその名称が差し挟まれたかのいずれかでしょう。
 すなわち、主人公、あるいは民話を創作した者のなんらかの意図がそこにあったと考える他はありません。

イメージ 1
「どこまで帰るのっしゃ」、「妹が居んでがす」、「渡してけさえん」・・・。
奈良でありながら、仙台出身のようです・・・。

イメージ 2
阿川沼へは晴天時に再訪しました。

イメージ 3

 
 この民話に花淵紀伊ないし花淵善兵衛は登場しませんが、阿川沼のある菖蒲田(しょうぶた)浜は旧花淵浜に隣接し、村の男が、蛇―美女―から恩返しの品を受け取り大金持ちになった、という大筋でみるならば、花淵紀伊や花淵善兵衛にまつわる蛇の恩返し伝説を思わせます。
 蛇の伝説というと、たいていは三輪山のそれの類型であったり、八岐大蛇(やまたのおろち)の神話の類型であったりすることが多いと感じているわけですが、それらとは毛色が異なるようです。
 ここで私が考えている類型とは、三輪系は蛇が人間の娘に恋をしたり、正体がばれて恨みに思ったり、娘のホトに突き刺さる云々といったエッセンスが散りばめられている類のもの、八岐大蛇系は、村の娘を要求する大蛇が英雄によって成敗される類のもの、という仕分けです。
 しかし花淵家にかかわる蛇の伝説は、どちらにもあてはめきれない感があります。
 決定的な違いは、蛇の性別です。
 三輪系や八岐大蛇系の蛇が女性を求める男性の人格であるのに対し、花淵氏に恩返しする蛇は女性の姿で現れます。
 阿川沼の大蛇は今みたとおり、猿沢池の姉同様、美女の姿で顕現しております。

 おそらく、この民話のモデルは謡曲「采女(うねめ)」でしょう。

 謡曲「采女」のあらすじは、春日明神を参詣した旅僧の前に、帝の寵愛を受けていながらも、やがてその心変わりに涙を飲んで猿沢の池に身を投じた采女の幽霊が現れる、といったものでした。
 かつて私は、この采女について、記紀最多の皇妃輩出氏族であるワニ臣系譜の女がモデルであろう、と推測しておきました――拙記事『ワニの女』:参照――。
 この采女への哀悼歌、「我妹子が 寝くたれ髪を 猿沢の 池の玉藻と 見るぞかなしき (あのいとしい乙女のみだれ髪を猿沢の池の藻と見るのは悲しいことだ)――謡曲史跡保存会説明板より――」を詠んだ「柿本人麻呂」も、ワニ臣系譜の人物であります。
 菖蒲田浜の西、湊浜には「采女」の悲劇と「蛇」を結び付けるような「お菊沼」伝説もあります。
 「お菊沼」は、湊浜の西端、仙台市との境付近にあるらしいのですが、『七ヶ浜町誌』によれば、「沼というよりも池というべきか。低湿地の窪地に水の溜まった程度の沼である。昔は深さも広さもあったのであろう」とのことです。
 その沼に、恋に悩んだお菊という若い女が身を投じ、蛇体になったと伝えられているそうです。
 おそらく、これらの民話伝説はワニ系の人たちが発祥させたのでしょう。
 既に、花淵浜の「鼻節神社」はワニ系の人たちに奉斎されたものだろう、と推測しておきました。
 エリアからみて、彼らは同一でしょう。

 ここで、阿川沼の畔に鎮座する「諏訪神社」についても触れておかなくてはなりません。

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