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このほど、思うところがあり、実に久しぶりに「瀬織津姫」の文字列でインターネット検索をかけてみました。 最後にこの文字列で検索をしたのは、いつであったでしょうか・・・。 少なくとも、2008年12月に当ブログ『はてノ鹽竈』を開設する以前のはずですから、ゆうに7年はブランクがあると思います。 その頃から、この神名は徐々にスピリチュアルな方向でのみ利用されることが多くなり始めておりました。 それもあって、私の検索意欲も減退していたのです。 とはいえ、私は必ずしもスピリチュアルを否定しているわけではありません。 神をも畏れぬ鬼畜な事件が多いこのご時世、天罰を畏れ、神羅万象に感謝する、いわばスピリチュアルな感覚を人びとが各々持ち合わせることは重要とすら感じております。 しかし、それはそれ、これはこれ、です。 少なくとも、学術的な研究には理にかなった普遍性こそが必須であることは言うまでもありません。 久しぶりの検索・・・。驚きました。 瀬織津姫は○○であるやら、△△は瀬織津姫であるやら・・・、世界がどうこう、宇宙がどうこう、とにかく初めてみる説が乱発されておりました。そして、たいていその論拠が示されておりません。 曲りなりにも、かつてはこの私も瀬織津姫神についてそこそこ調べました。 目的が他にありましたので、特化するには至りませんでしたが、フィールドワークや文献調査などにもそれなりに時間や労力、費用をかけ、手前味噌ながら、この神については月並み以上に詳しい方だとは思います。 その私の調査経験から申せば、瀬織津姫について記された資料はそう容易には見つかりません。 なのに、それらの論者は一体どこからそのような結論を導き出したのでしょうか。 どこにそんなことが書いてあったというのでしょうか。 単にネット検索で得たエセ情報を疑うこともなく適当に解釈したりはしていないでしょうか。 中学生の頃、数学で「仮定・結論・証明」を習いましたが、今回あらたに目にした瀬織津姫に関する諸説のほとんどは、「結論」のみが記され、「仮定」や「証明」の部分が欠如していると言わざるを得ません。 中には、「姫に導かれたのさ」という回答もあるかもしれません。 残念ながら、私に姫―瀬織津姫神―の声が聞こえない以上、それを「嘘に決まっている」、と完全否定することは出来ません。もしかしたら本当に神の啓示であるかもしれないからです。 しかし、それが神の啓示である確率とそうでない確率とで比べた場合、私は、そうでない確率の方が圧倒的に高いと思います。 妄想なのか、嘘なのか、もしそこに営利が絡んでいるならば“嘘”の可能性が高まります。 ましてや、発言者が神名をゆるキャラよろしく商標登録していたとあらば・・・・。 いずれ、予想はしておりましたが、もう七年前の比ではありません。 もはや、瀬織津姫を学術的に研究しようとする動きを見つけることは至難な事になってしまったようです。 このままでは近い将来「瀬織津姫」という神名がオカルトグッズに成り下がってしまうのではないか、という懸念すら覚えました。 日本の歴史にとって大変重要な神名であるというのに、このままでは真摯な研究者が自説の品を貶めたくないがためにその神名を忌避しかねないのではなかろうか・・・、ここにきて私はそう危惧し始めているのです。
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2015年10月22日
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