はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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石巻の鰐山と赤坂神社

 先日、結婚式に招かれ、石巻に赴きました。
 式場となる石巻グランドホテルに入り、受付の手続きのために二階待合ロビーに上がると、安政(1854〜1859)頃の石巻港の絵図が焼き付けられた陶板が壁面に飾られておりました。

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 つい見入ってしまう私ですが、ふと、日和山の南麓に目がいきました。
 通称「鰐山(わにやま)」と呼ばれる丘陵地の一角を成す日和山、その南西麓に現存する「赤坂神社」がはたしてその時代にもその地に鎮座していたものか・・・。
 なにしろ「赤坂」はワニ系氏族に関わりの深い言霊でもあります。
 奈良県天理市―大和國添上郡和爾―に「和爾坐赤坂比古神社」なる大社がありますが、『大和志料』に「祭神赤坂比古命何神ナルヲ知ラス、蓋シ和珥氏ノ祖神ナラン」とあり、「赤坂比古命」が和邇氏の氏神たる旨が伝えられております。
 宝賀寿男さんは『和珥氏(青垣出版)』の中で、これを和邇氏の実在の祖として名の挙がる「押彦」のこととみており、系譜記事からみてこれが「忍鹿彦―稚押彦命・和邇日子命―」のこととうけとれるものとしております。
 さすれば、「赤坂」の言霊を冠した神社が、仮に中世以前からこの石巻の「鰐山」にあったのだとすれば、「鰐山」の俗称は一部で言われるような山容に因むものではなく、「忍鹿」と同訓の「牡鹿連」の氏姓を賜った陸奥國大國造「道嶋宿禰嶋足」を輩出した「丸子(わにこ・まるこ)氏」に因むものであったことを補強し得、また、同地が「牡鹿郡」の郡衙として機能していた時期のあった可能性をも高めるものと考えているのです。
 ただ残念ながら、件の絵図において「赤坂神社」は確認できませんでした。
 ちなみに、昨年「石巻アーカイブ」地図研究会から発行された『石巻古地図散歩』所載の享保二十(1735)年頃の絵図や天保十(1839)年頃の絵図、明治から昭和にかけての各地図においても赤坂神社の存在は確認出来ておりません
 もちろん、享保以降の絵図中にそれが確認されたとしても、中世以前から存在した証には全くならないわけですが、一応は確認してみたくなります。
 実は昨年の秋、私はこの赤坂神社に参拝しております。
 ただその頃は「鹽松勝譜をよむ」シリーズの執筆に専念していたので、特に触れないままに忘れておりました。
 ともあれ、訪れたのは昨年秋ですが、その存在に気づいたのは平成二十二(2010)年の夏ごろでありました。具体的には拙記事「牡鹿の中枢はいずこ」を投稿した後くらいで、昭文社の『街の達人でっか字仙台宮城県便利情報地図』で周辺の地図を眺めていたときでありました。
 当該地における赤坂神社の存在は、鰐山地名和邇氏由来説をとる私としては当然看過できないものでありました。
 しかし『封内風土記』や『宮城縣神社名鑑』、『石巻市史』で確認してみても全く記載がなく、当地周辺に縁ある方々に尋ねてみても要領を得ず、これはひとまず現地を踏むべきであろう、とは思ったものの、なにしろ石巻市立女子高と門脇小学校の間の細い裏道にあるため胡散くさい中年男がカメラを持ってウロウロしていたら通報されそうな気がして躊躇しておりました。
 そのうちに東日本大震災が発生してしまいました。
 一帯が大津波に呑まれて壊滅し、閉校を余儀なくされた門脇小学校などはメディアで震災遺構の代表のような扱いとなりつつあったので無関係な私はますます近づきづらくなってしまったのです。
 なにより、公私において多少なり縁のあった一帯のよく見知った風景の変わり果てた姿を見るのが怖くなってしまった自分がいたことも事実です。
 つまり、震災以降に初めて石巻を訪れたのが昨年秋であったというわけですが、いざ訪れてみると、案の定一般車両の通行規制などでかつての地理認識がほとんど通用しなくなっていたのでおろおろと惑うハメになりました。


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日和山から北上川河口をのぞむ:震災前

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日和山から北上川河口をのぞむ:震災後

 門脇小学校周辺に到着してみると、さすがにもう震災瓦礫はほとんど見当たらず、新しい街路なども整備されつつあり、あたかも新規宅地造成地のような体となっておりました。

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閉校した門脇小学校

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 目的の赤坂神社は多少なり高い場所にあったためか、津波の爪痕はなさそうです。
 鳥居や参道のつくりに比して控えめな祠がぽつりとあるだけでしたが、祠を彩る色使いにはそこはかとない気品が漂って感じられました。

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 その小さな祠をみて、もしかしたらかつては私有地に祀られた邸内社の類であったのかもしれない・・・そんな想像がよぎるのでした。
 いずれ、そこに赤坂神社が鎮座している事実は、少なくとも鰐山のワニが丸子氏に因むことを補強し得ることには違いないものと考えております。

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