はてノ鹽竈

東北地方から日本史を眺めていきます。

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太白山の風景

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 梅雨ということもあってか、仙台市太白区の「太白山(たいはくさん)」がしばしば下界の靄(もや)の上に浮かんでいるような風景を目にします。

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 仙台市民にもっとも馴染みの深い山は?と尋ねたら、おそらくは泉区の泉ヶ岳とこの太白山が双璧をなすことでしょう。
 城下町から発展した仙台の都心は、太平洋に臨む宮城野原方面以外は三方が100m級の丘陵地に囲まれていることもあり、大半の住宅地には坂道が多くなっております。しかしその分、その両峰は市内のどこからでも望める印象があります。
 両峰とは言ったものの、標高1200mほどの泉ヶ岳に対し、太白山は320.61mと里山の親分みたいなこじんまりとした山です。付近の小学校に通っていた方は、標高を「3(さん)・2(にー)・1(いち)」と覚えさせられたと語っており、周辺住民の太白山に対する親近感が窺われます。
 標高といえば、30年ほど前に太白山西麓の丘陵地に造成された茂庭台団地には高さ100mを超える33階建ての超高層マンションが一棟そびえ立っておりますが、最上階は太白山の頂上に合わせて建てられたと聞いたこともあります。しかし何故か私には太白山の方が高いように見えるのです。太白山が手前となる南東方面から見ている分にはあたりまえだと思うのですが、秋保方面から都心方面に戻ってくる道中、すなわちマンションが手前になるはずの南西方面から見てもそう見えてしまうのは目の錯覚なのでしょうか・・・。

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 富士山を縮小したような円錐状の独立峰たる太白山は、遠望すると綺麗な正三角形に見える山容だけに、それを富士山だと思っていた幼馴染、はたまたピラミッドと信じていた幼馴染もおりました。単に可愛らしい子供の戯言とばかり思っておりましたが、ウェブを眺めていると、わりと大真面目にピラミッド説を語っているページもあり、驚きました。
 ちなみに、このような円錐状の山には時折UFO目撃談なども聞こえてきます。太白山については特に耳にしたこともありませんが、それらはあながちオカルト趣向者の妄想だけでもなさそうで、20年ほど前、たしかテレビ朝日系の「特命リサーチ(?)」なる番組でその真相を科学していた記憶があります。
 それによると、なんらかの鉱物を含む地質の円錐状の山は、条件がそろうと磁気によって山頂上に発光現象を生じることがあるのだとか・・・。土葬の墓地でみられる人魂(ひとだま)みたいなものでしょうか・・・。
 いずれ、ピラミッドやUFOはともかく、太白山は古くから信仰の山でありました。
 かつてよく耳にした伝説に、閖上(ゆりあげ)の漁師が太白星―金星―の落ちる山「太白山」を目安に舟の位置を確認していた云々というものがありました。
 したがって私は、閖上の漁師には太白信仰、すなわち道教の影響も少なからずあったのではないか、と考えたりもしておりましたが、あらためて『仙台市史 特別編9地域誌』に目を通しておりますと、幾つかの話が混ざっていたことに気付きます。
 すなわち、「金星が落ちて出来た山」という伝説と、「太白山を基点に漁場を確認し合っていた」という話、「仙台湾を横切る千石船が太白山をみて船の位置を確認していた」という話が一緒くたになっていたようです。
 後者二者は、金星云々はあまり関係がなく、単に三角のお山を目印にしていたというだけで、その山がたまたま太白山という名であっただけのようです。
 また、厳密に言えば太白山という山名も明治以降のもののようで、江戸時代までは、おそらくはアイヌ語に由来するのであろうウトガ森なりオドガ森と呼ばれていたようです。この訓に対し「烏兎峰」という漢字表記がなされていることから、前述市史は「烏(からす)」を「太陽」、「兎(うさぎ)」を「月」になぞらえる故事に照らして、太白山が季節を知る上での天のめぐりの目安になっていた旨を推察しておりました。
 なるほど、閖上の漁師に浸透していたであろう羽黒信仰の日月祭祀の側面とも符合するものであるように私には思えます―拙記事「高舘山古墳の被葬者についての一考察」参照―。
 先に触れたとおり、それは奥州藤原氏の平泉政権によって名取高舘の独特な熊野信仰に包摂されていったものとみられるわけですが、平泉政権の滅亡後は源頼朝の鎌倉政権に継承されていきました。
 現在太白山には、中腹に「生出森(おいでもり)八幡神社」、山頂に「貴船神社」が祀られておりますが、生出森八幡神社は鎌倉政権が「鶴岡八幡宮」より勧請したものと伝わっております。

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生出森八幡神社
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 この生出森八幡神社には、かつて太白山周辺の旧茂庭村に祀られていた神社、すなわち、源頼朝を祀った白旗神社、熊野十二社権現社、雲南神社、武内権現社、道祖神社等が、明治の時代に合祀されて今日に至っているとのことですが、個人的にはその際に山頂の「貴船神社」が合祀を免れたことが気になっております。
 同社は大同二(807)年に京都から勧請されたと伝わっており、鎌倉時代に勧請されたのであろう生出森八幡神社よりも古いということになります。それを祀ったのは何者であったのでしょうか。

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