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先日、8/17の記事『宮城郡松島町――松島の地名由来:松島明神―― 』の掲載画像中、松島明神の旧鎮座地について、瑞巌寺所蔵の文政六年松島図との照合の結果、間違いであることが判明しました。私がそう思っていたところは金毘羅様です。事実、そういえば金毘羅様が現地にありました。 以前、紫神社宮司から、「新富亭――ホテル――」あたり、とは聞いておりましたが、金毘羅様――新富山展望台――も条件に一致することから、何を思ったのかすっかり間違った解釈で信じ込んでおりました。 気付いたからには、すぐに訂正すべきと考え、画像の削除と入れ替えを行いました。本文には特に影響ありません。 ついでに、当該記事に掲載しておりました私の手による拙い地図も、縮尺に混乱をきたしていたと反省し、修正を加えました。よろしければご確認いただければ幸いです。 当該記事はこちらから。 とにかく、皆様には混乱をきたし、大変失礼致しました。ここにお詫びと訂正をさせていただきます。
末筆ながら、引き続きよろしくお願い致します。 |
御訪問いただいた皆様へ
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さしあたり、本日の先程の稿『不可解な別格待遇の理由』をもちまして、まだ十分とは言えないまでも、当ブログ『はてノ鹽竈』開設当初の構想分については、一応の着地点まで辿り着きました。 途中、一つ曲がり角一つ間違えて迷い道クネクネと横道に入ったりもしましたが、なんとかここまで辿り着いたという感じです。 元々、自分の趣味的研究をどこかに記録しておかなければ忘れてしまう、というあせりから始めた独り言ブログですが、現在は大変ありがたいことに、毎日30〜40件の方が訪問してくださっております。 たまに100件以上にまで伸びることもありますが、それを実数としては信じておりません。その気になれば、カテゴリーを選び、タイトルにそれなりのインパクトをつけて世間一般に広く媚を売れば、わりと簡単にそのくらいまでは増やせるかな、ということにも気付いております。 しかしながら、私のブログの主旨上、メッキ塗装した訪問件数にこだわってもなんの意味もありません。不自然に件数を増やしたところで、残念ながらそれは記述内容についてきてくださったものではないからです。 したがって私は日々の30〜40件こそが自分の本来の基本給と考え、愚直な東北人としてその温かい恩情にだけは真正面から向き合いたく、なるべくほぼ毎日更新させていただきました。 皆様には本当に感謝しております。これまでおつきあいくださり、誠にありがとうございました。 いえ、閉鎖するつもりではありません。メモとして書き留めておきたいことはまだまだたくさんあります。ただ、他人様にお見せできるような構成には頭の中で整理できておりませんので、より一層迷い道クネクネと支離滅裂になることを宣言しておきたかったのです(笑)。 したがって次回以降は、これまでの余震を引きずりながらも徒然なるままに書き連ね、さしあたり『亀の風土記』と題して、各地で惹きつけられた話題を中心に、地誌的要素の強い私なりの風土記のようなものを綴ってみようかと思っているのです。 今後より一層、私個人のメモ的要素が強い内容になるかもしれませんが、よろしければ、引き続きお見守りいただければ幸いです。 |



