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従兄弟からメールが入りました。先日の『河北新報』に掲載されたコラムの件でした。内容が捨てがたかったので、急遽とりあげることにしました。 以下、平成21年1月25日(日)河北新報『河北春秋』から引用します。 ――引用―― 岩木山のふもとにある弘前市鬼沢地区の節分は一風変わっている。「鬼は外」は禁句。もちろん、豆まきなどしない。ここでは鬼は農地開拓の恩人。鬼退治なんてめっそうもないのだ▼伝説によると、体のでっかい鬼が農民と相撲を取った。鬼は遊んでくれたお礼にと、これまで知らなかった鉄製の農具を教えるとともに、用水路を造ってくれたという ▼地元には、この鬼を祭った神社もある。大鳥居に掲げられた「鬼神社」の額。よく見ると、鬼の字の頭にノがない。鬼に角がなかったからだという。額に入った大型のくわやかまが拝殿に数多く奉納されており、地域の信仰の厚さがうかがえる▼鬼は何者だったのか。一帯で製鉄の古代遺跡が多数見つかっていることから、鉄作りを支えた専門技術者だったという見方がある。渡来人、修験者という説も ▼津軽地方は当時、日本海航路が整っており、人と物の交流が盛んだった。だからこそ「異人」を忌避せず、新しい技術を受け入れる開放的な素地があったのだろう▼異文化との交わりで、豊かさがもたらされるのは現代も同じ。日本は今後、本格的な少子高齢化時代の到来で、外国人労働者に頼らざる得なくなる。摩擦も起きるだろうが、プラスも計り知れない。共生の知恵を津軽の鬼伝説から学び取りたい。 青森県弘前市内から望む「津軽富士(つがるふじ)」こと「岩木(いわき)山」
以前「なまはげ」編で“ツノのない鬼”についての私の考えを語りましたが、ここ青森県弘前市鬼沢地区においてもどうやら鬼にはツノがないようです。 また、なまはげは999段の階段を一夜で築き、弘前鬼沢地区の鬼は鉄製の農具とその使い方を教えてくれたうえに用水路まで作ってみせてくれたようで、どちらも土木工事を得意としていたことがわかります。 私は幼い頃『ひろすけ童話』という本を誰かから買ってもらいました(覚えてないところに自分の恩知らずさを感じます)。そのなかで『泣いた赤鬼』などは善玉な孤独な鬼の物語でした。幼い頃の私はこのお話が大変好きでしたが、今思えば作者の浜田廣介さんは山形県東置賜郡高畠町のご出身なのです。 どうも東北人の深層にある感情というものは、「鬼」に対しておしなべて好意的なように思われます。 |
時事―ニュース所感――
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