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私の部活動顧問の経験は様々である。
というのも、それほど一つの活動にこだわってきたというわけでもないし、子供のときにやっていた剣道ですら、もっとすごい指導者たちがベテランとしていたから、私は顧問がまだ確定していない部活をとにかく任せられたという感じで、転勤しては、初めて経験するスポーツの顧問をやらされたわけである。
最初の学校では、剣道部があったから、1年間だけ剣道部の顧問をした。もちろん副顧問としてである。
その後はバドミントン部の顧問をする先生がいないということで、転勤するまでの4年間をバドミントン部顧問として過ごした。
次の学校では最初の2年間をバスケットの顧問として過ごし、ベテランの剣道部顧問が転勤ということを受けて、2年間剣道部の顧問をした。
その次の学校ではバスケもバドミントンも剣道もなく、陸上をやってほしいということで、転勤するまでの3年間を陸上部顧問として過ごす。
(確かこのときに、今では有名人になっている松山ケンイチくんが、私の以前勤務していた学校で、棒高跳びの選手として活躍し、地区大会1位、県大会1位、東北大会出場をしている。今を思えば、東北大会のときに彼は、同じ旅館に泊まり、隣の席で晩ご飯を食べていた。)
そしていったん退職する前の学校では、最初に卓球部の顧問をし、その後の4年間はまた陸上部の顧問もしくは副顧問となった。
陸上部が一番長くて7年、バドミントンが4年、剣道部が3年、バスケが2年、卓球が1年、こんな具合である。
忘れていた。秋口から冬にかけて活動するスキー部の顧問もしていた。陸上部との掛け持ちで4年間顧問としてやっていた。
教職復帰後にどんな部活動を担当するのだろうか。
スキー部は勘弁してほしい。まったく休みがなかった。遠征期間も長いし、ワックスにかける時間が長すぎる。
剣道部が自分も子供のころに経験したということで、一番いいのかもしれない。でも剣道の道場がある地区だとやりにくい。
いずれにしても部活を担当するということは、それだけ休日も自分の時間も削られてしまうということである。
それでもいい、ただもっと自由がほしい!!年がら年中だとやはり苦しい。
大会も私の子供のころと違って増えてきているし、シーズンオフも各部活ともほとんどない状態である。
私は子供のころ、しかたなくやっていたタイプだ。
今になり、中年オヤジになり、自らドラゴンボートの練習をほとんど休むことなくやっているが、それでも強制されたり、毎日となると、嫌になるだろう。
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