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神風特攻隊、終戦間近、昭和19年日本も今や銃の玉もなし、大砲の玉もなし鉄不足、火薬も不足
しだした頃考え出されたのが海軍では人間魚雷、航空隊では特攻隊、いづれも人間が敵艦に突込みー命 もろとも海の藻くずと消えていった特攻隊と島濱トメの感動の物語です。 昭和20年3月初め俺はまだ国民学校四年生になったばっかりの頃、突然幼年航空兵の志願書が役場を 通じ六年生の元に6名先出せよとの軍の命令、六年生全員に学力テストと体格検査が即時実地されました 後5年生4年生とテストされ結局六年生2名と何故か4年生の俺に命冷書がとどきました、内容は貴君は 明朝00八時〇〇に集合せよと云う、そうして軍港へ、そうして将来特攻隊死の教育を厳しく教えられ たのです、こんな事を書くと年齢がわかってしまいますが、それでも先人達は国を思いー命を投げだし 海のもくずと消えていった、俺ら幼年兵学校にいる間も先輩の皆さん必ず後に続きます、と誓ったもので す、今こうして平和な暮らしが出きるのも先人達の尊い命の賜物と思います、だからこうして書いてしま いました。 さて映画の内容は書くまでもなく、過去テレビで何回となく放映されていますね、 島濱トメさんを母と思う15歳から18歳の特攻隊の少年達と出合と別れを幾度となく繰り返してきた いずれホタルになって帰ってきます、母を慕いて、俺は幸せだった、長い間有難うございました。 迷母とは言え今日こそ、大声で呼ばせて頂きます、お母さん、お母さんと。遺書の抜粋 このような悲惨な戦争は絶対やってはいけない、幾万となく悲しむ人ができます、合掌。 写真。島濱トメさんと特攻隊、みんな嬉しそう。
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