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สวัสดี ครับsawadei
秋の夜長
いかにお過ごしでしょう。
あの
夏が消えて秋です。もうすぐ枯葉が舞います
青山ミチ第2弾です
ポリドール時代とクラウン時代があります。”風吹く丘”はのちに”亜麻色の髪の乙女”で大ヒットしました。ビレッジシンガーズの持ち歌だと思いましたが、本来なら青山ミチが歌うはずだったんです。仮に彼女が歌っていたら、全然違った展開があったはずです。天国と地獄は紙一重と申しますが、天使の悪戯としか言いようがないです。引退もせず、本格的にブルースやR&Bのナンバーなんか歌ってたら面白かった。”叱らないで”ナイスですね
したら、これをカバーしてた歌手がいたんですね。浪花の歌娘、大西ユカリです。
浪花の歌娘、ブルース・昭和歌謡を歌わせたらぴか一
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青山ミチ
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コメント(6)
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สวัสดี ครับsawadei
今朝は、元気の出るナンバーをお送りしましょう。
朝から、冷たい雨ですから
心は辛いです。
青山ミチ(八木フサ子)1949・2・7
神奈川県横浜市に生まれる
父がアメリカ人(在日米軍の黒人兵)のハーフ
1962「ひとりぼっちで想うこと」でデビュー
1963「ミッチー音頭」
1965 エミージャクソンと競作した「涙の太陽」
1978・10 覚せい剤等の不始末で芸能界から追放される。
現在は、横浜・横須賀方面でスナックのママ
ミッチー音頭は、かすかに記憶があります。子供心に歌の上手な歌手と思いました。昔は下手糞は存在しない世界だった。芸能界ある面で正常でした。
この人、いまふり返ると凄い才能の持ち主ですよね
ブルースの女王いやR&B界初の本物歌手と言っても決して過言ではないです。
勿体ないです。素晴らしい才能が途中で葬られるなんて、周りの野郎が碌な奴がいなかった。悲しいけど、そう言う事なんですね。でも音源は残っていますから、彼女の歌に影響されナイスな歌手がいるはず。そんなのを探すのが秋の夜長の楽しみです。
最後に、「風吹く丘で」1966・11をどんぞ
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