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私の基本政策に「誰もが安心して豊かに暮らせるまちづくり」と言うのがある。確かに抽象的ではあるが、限られた文字数の中に思いを埋め込ませるのだから、どうしても無理をしてしまう。
では、「誰もが」とは、誰のことを示すのか。赤ん坊からお年寄り、懐妊中の女性、障がい者、在日外国人、老若男女全ての人々を私は含めている。有権者であるかどうかなんて関係ない、おぎゃ〜と生まれた瞬間からその人の一生涯を含んだ、人である。
そして、「安心して」とは、精神的、肉体的、経済的、環境的、衛生的などが含まれる。例えば、精神的に安心できるとは、学校や会社に居る間や、夜道を歩いたり、人災や災害が発生しても安全なところに避難できると言うようなことを主眼においている。
「豊か」とは、やはり、精神的、経済的、環境的な豊かさをいうのである。
「暮らせる」とは、生活できる、生きていけることである。
「まちづくり」とは、ただ単なる、物理的な町や、街を指すのではなく、もっと、精神面、健康面、経済面、環境面全てを含んだ、「まち」なのである。
無論、上述の説明だけで全ての説明にはならないのであるが、バラバラに切り刻むと色々と出てくるのである。私は行政官のように、ただ単に、ある年度のある件の数字を何年か後に設定された目標値に持っていった、というようなまちづくりはしたくはないのである。
人は、生きている限り、その命や、心の豊かさ、経済的な豊かさや安心感、それらを常に希求している。例えば、年金を払い続けてきたものの、一体、いくらもらえるようになるのか、記録はきちんとなされているのか、これらのことを確認が取れるまで本当に、夜も眠れず心配している人が居ると言うことを忘れないで欲しい。私は、そういう世界はつくりたくはないのだ。
思うに、私は、多くの人々が、うつや、抑うつ状態にあるのではないかと思っている。朝の駅頭で立っていて、本当にTVのビタミンのCMのようにはつらつと、元気いっぱい、バスや車から降りてくる人は少ない。TVのCMの世界では、皆はつらつと描かれている、しかし、あのような感じの人を私は見たことがない。皆うつむいて、静々と改札口へと吸い込まれていく。夜の駅頭でも同じ。冬場などは、マスクをしたりしているから、誰を見ても皆同じように見える。あまりにも元気がない。
私は、ヒルズ族に代表されるように、そういう人たちのために、人々に働いて欲しくはない。自分自身のために、そして、家族のために、働いて欲しい、気持ちを前向きに持って欲しいと私は願っている。
私がアメリカに居た時に、不法入国者のメキシコ人の家族が居た。子供も、3、4人は居るのが当たり前、不法入国だから、アメリカ政府から十分な福祉が得られるわけでもない。でも、その家族の夫である彼は、明るかった。家族思いで、家族も貧しいながらも明るかった。悪く言えば、能天気なのだろうが、でも、彼らの明るさには、もっと純粋なものがあった。すごく良く働いた。絶対、日本人にはできない芸当である。そんな不安定な生活が3日も続けば鬱状態になってしまうだろう。
アメリカ人も陽気な方である。あまり些細なことにとらわれない。自分の目標を持って、自己実現を果たしている。私が居た会社にケビンという、アメリカ人がいて、彼は元々、モルモン教の宣教師として、日本にやってきた。彼の日本語は堪能だったが、奥さんはそうでもなく、日本にはあまりなじめずにいた。2001年頃の話だが、奥さんが妊娠した。妊娠した奥さんは出産をひかえ、より、心細くなっていっていたが、ケビンがしっかり支えた。
2003年ごろには第二子も出産し、確か彼は、2005年ごろアメリカへ帰っている。帰国後、第三子が生まれ、ケビンは、3人の娘のパパになっている。MBAをとるために夜間の大学にも通学するようになった。彼はしっかりと自分の目標を持ち、そして自己実現させていっているのだ。こういう話をあまり日本人からは聞かない。以前マズローの欲求段階説を話したが、恐らく、日本人は、下の方の段階でまだ、うろうろしているのであろう。
どうか、まずは、心の豊かさを持って欲しい、そして、確かな目で世を見つめて欲しい。今度参院選もあるが、選挙に行く時は、棄権をせず、確かな人をきちんと選んで欲しい。
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>こういう話をあまり日本人からは聞かない
「こういう話」が何を指すのか良く分かりませんが、志を高く持ち自己研鑽に励む日本人の友人が私にはたくさんいます。限られた自分の経験から一般化するのは危険でしょう。
類は友を呼ぶ、という言葉も思い浮かびました。
2007/7/7(土) 午前 0:42 [ はてな ]
ご進言ありがとうございました。
2007/7/8(日) 午後 10:38
「こういう話」とは、一くくりにまとめていますが、会社に行きなおかつ会社の仕事とは関係なく、目標を定め、資格試験に挑戦したり、通信講座や、夜間学校に通っている、というような話です。
2007/7/8(日) 午後 10:43
村田まさあき様
通りがかりに拝見し、お邪魔致します。私の父も大正8年生まれでした。父は戦争には行きませんでしたが、当時鹿児島で空襲に遭い、家を焼かれました。しかし一家5人、無事に終戦を迎えました。村田様はこれから市会議員に立候補されるのですか。今の日本で一番大切なものは、人と人との心のつながりだと思います。それも、同時代だけではなく、先祖が何を望んでいたか、また子孫に何を残してやれるかとうい意味で、過去から未来まで含めるのが、本当の民主主義だと思います。よろしければ、私のブログもご覧下さい。 北村維康
2008/6/1(日) 午前 3:05 [ koreyjp ]