一条戻り橋、この世とあの世をつなぐ橋。その近くに晴明の屋敷はある。
牛車を軋ませながら博雅は晴明の屋敷に向かう。
橋を渡るか渡らぬかといううちに、向こうからゆらりと揺らぐ人影。
源博雅様お待ち申し上げておりました。蜜虫が妖しげに頭を垂れる。
博雅が御簾をあげて、その蜜虫を見返す。「私を博雅と、知っておるのか、そなたは・・・」
博雅が最後まで言い終わらぬうちに、ついと踵を返し、灯りを向こうの屋敷に向けた。
「これはどうしたのだ・・・。先ほどまでは誰もいなかったではないか。」
先ほどまで人の気配のなかった部屋に、いつのまにか屋敷の外で待っていた蜜虫が酒の用意をしている。
そればかりか、もう二人女官が控えていた。
「源博雅殿、これは蜜虫でございます。私の世話をしております。
そちらの者たちは、博雅殿のお相手にご用意致しました。」
晴明にこう説明されても、源博雅は狐につままれた様な顔をしている。
「晴明」
「はい。なんでございますか?」
「説明しろ。俺には訳の解からんことは苦手だ。」
「それでは、どうぞお座り下さいませ、そこにそう立っておられたら、話もできませぬゆえ。」
促されて博雅はその場に坐り込んだ。飾りけのない立い振る舞いに、晴明はふっと微笑んだ。
「何が可笑しいのだ。俺が戸惑っているのが面白いか?」
それこそ晴明を詰問しているようだが、その目は笑っている。
博雅は心の内で、晴明は俺を試しているのか、そうならのってやろうではないか。
と思っていた。
「いえそうではありません。博雅殿は、どこか他のお人とは違うておりますなぁ。」
と晴明が小さく笑った柔らかい声だ。
博雅はその声を心地よいとかんじた。
管弦に秀でた博雅には、今まで聴いたことのない珍しい楽器の音色のように思えた。
晴明の笑い声に反応するかのように、傍らに控えていた蜜虫や女官たちも笑う。
博雅も先刻までの胡散臭さとは違いこの場の雰囲気に馴染んでしまった。
今迄から、見知っていた者のように。
「さあ、ちゃんと説明してもらおうか。」
博雅は、壁を正して晴明に向き直った。
そして晴明の顔を真近で見て、美しいと胸のうちで呟いた。
つづく (レスリー・チャンへ捧ぐ)
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