考えるブタ

私たちはほんとうに現実を見ているのか?

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 子どものころの娯楽といえば映画くらいしか思い出せない。この映画館が人のぎゅうぎゅうで立錐の余

地もない。タバコの紫煙に煙って霧箱のようだ。ジージーカタカタカタと映写機の音がして光の帯が暗い

館内を横切る。その光の中を紫煙がユラユラと上ってゆく。カビと小便が入り混じったような臭いが漂

う。スルメやポップコーンのにおいも混じる。バリバリ、ピチャピチャものを食う音がする。何であんな

ところがよかったのだろう。でも薄汚い映画館がすきだった。あの非日常の薄暗い小屋が好きだった。休

憩になるととたんに明るくなってお互いが顔を見合わせる。「えーおせんにキャラメル、アンパンもある

よ」「えーおせんにキャラメル、アンパンもあるよ」なつかしいせりふだ。「おせん」とは「おせんべ

い」をはしょった言い方だったんだろう。「おせん」というと女性の名前を思い出させる。「腰巻お仙」

という唐十郎の芝居もあった。「おせんたく」をはしょって「おせん」と言っていた女がいた。「あら、

おくさま、もうおせんはおすましなさったの」フームなかなかのせりふだぞ。例の「一筆啓上火の用心お

せん泣かすな馬肥やせ」のせりふの「おせん」とは?おせんという女の子の名前だろう。そうじゃなかっ

た。これを書いた本多作左衛門という武将の長男「仙千代」のことらしい。おっと待った。おせんの話で

はなかった。映画館の話だった。でももう書く気がしない。ちょっとだけ付け足して今日のノルマを果た

そう。  

 東京に出てきて、蒲田名画座に入り浸って古い名画をよく見た。もう映画は斜陽に向かっていた。学校

をサボって行った平日の午前中などは客が数えるぐらいしかいなかった。前の椅子に足をかけてふんぞり

返って見た。次のが始まる休憩のときに弁当を食った。そこにはたしかに別の世界があった。私にとって

は蒲田名画座も学校だった。

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私のちょっと前の時代でしょうか
でも良くわかります
小さい頃、よく映画に連れて行ってもらいました
今は椅子にしても会場にしても本当に立派になりましたね
どちらにしても集中できる至福の時間ですね

2008/3/20(木) 午前 11:51 maeda takeo 返信する

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白黒の映画だったけれど、別世界だった。総天然色となると、胸が躍った。一人で行ってはいけないと諫められていたけれど、高校生ぐらいから一人で入って怒られていた。何も悪いことはしていなかったけれど。

2008/3/20(木) 午後 0:51 [ みつ ] 返信する

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わたしも映画には特別の思い入れがある世代です。小学生の頃、家の隣が東映の映画館でした。音等で迷惑をかけるとかでタダで出入りさせてくれました。映写室も。子供がまず見に行かない内容の時代劇(森の石松が惨殺されるシーンとか)をたくさん見て知らないうちに強い影響を受けてしまった。

2008/3/20(木) 午後 2:08 呼吸 返信する

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白黒でしたね。それがだんだん天然シネマなどというようになった。私は白黒の映画を今でも見たいと思うことがあります。ありがとうございます。

2008/3/20(木) 午後 2:09 [ masahito2117 ] 返信する

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m35さんに先に返事を書きました。呼吸さん、東映のチャンバラ映画は人気がありました。俳優がそろってました。よくまねしましたね。ありがとうございます

2008/3/20(木) 午後 2:13 [ masahito2117 ] 返信する

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マエダさん、映画を見ているといやなことも忘れました。終わって初めてあれ自分はどこにいるんだと思うんですね。テレビではそうはいかなかった。ありがとうございます

2008/3/20(木) 午後 2:15 [ masahito2117 ] 返信する

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三崎坂を上る左手に「笠森おせん」ゆかりの寺がありました。
http://www.tsukudo.jp/hito-osen.html

2008/3/20(木) 午後 4:32 tatsuya11147 返信する

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昔なつかいしい 映画館の姿は 今はないですね。
近代的な映画館に変わり それは 今の時代にはいいのでしょうけど 今は行く事無くなりました 映画館。

2008/3/20(木) 午後 8:00 kamihuusenn-sora 返信する

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そうですね。むかしのにおいがないですね。妙にきれいになって、おやここが映画館でいいのかなといった感じですよ。私も何年も行ってないです。ありがとうございます

2008/3/20(木) 午後 8:07 [ masahito2117 ] 返信する

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JR蒲田駅の発車チャイムは凝った 『蒲田行進曲』 ですよね。このチャイムを聴きたくって、湘南に行く際は、東海道線を品川乗換えで京浜東北線に乗り、川崎でまた東海道線に乗り換えるな〜んてことをやってました。
え〜蒲田の話しを一つ。戦後、三国人との抗争を繰り返し、闇市を仕切った3人の民族派侠客? 蒲田の醍醐、新宿の安藤、上野浅草の高橋、と呼ばれた人たちがいたのですが、晩年の醍醐安之助 (勲二等) と縁がありお宅にお邪魔していると、有名俳優女優がご機嫌伺いに来ておりました。中でも裕ちゃん亡き後兄貴慎太郎が、親分から呼び入れてもらうまでは決して敷居を跨がなかったのが印象的でした。

2008/3/22(土) 午後 4:32 やじ猫 返信する

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これは面白い話をうかがいました。とてもためになります。私が東京に来たころも蒲田にはそういう名残がありましたね。あそこに新聞の拡張団があって高校生のとき家を出てその団に入ってそこの口利きで田町の新聞屋に住み込んで学校に通っていました。食い詰めた連中が集まっていましたが面白かったですよ。ありがとうございます。

2008/3/22(土) 午後 7:36 [ masahito2117 ] 返信する

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調子に乗って追伸。醍醐のオヤジさんは、名馬とされたダイゴホマレなど7頭も馬を持っていて、馬主協会の理事長を終生やっていたのですが、昭和40年ころ、競馬ファンと言う男が訪ねてきて、応対した際、2億円の手形が落とせないと言う話しに同情して、初対面の男に同額の小切手を切り渡したが当然男は雲隠れとゆ〜アホなことがあり、でも懲りずに以後同様のことを続け、蒲田駅の両駅前の大地主だったのに、他界した時はマンション一棟とビジネスホテル一棟だけになっていました。
都議会議員としてギネスものの11期42年 (解散が一度あったので) を務め都議会議長を二度やりましたが、自民党東京都連に煽てられっぱなしでこれまた懲りず、スポンサーとして湯水の如く散財しておりました。
先祖は醍醐新兵衛という、日本史にも記されている人で、日本で初めて鯨取り船団を組織し、当時何処の国も領有していなかった樺太北限に日章旗(勿論今の日の丸ではないようですが)を立てて捕鯨の前線基地づくりをした人のようです。道理で子孫の安之助も鯨並の頭?と胃袋だったんですね。

2008/3/22(土) 午後 8:56 やじ猫 返信する

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今思い出しましたがそういえばその名前は聞いたことがあります。私の記憶違いでなければ都議会議長に醍醐安之助という人がいました。でもそういう人とは知りませんでした。たいした人物ですね。立志伝中の人物だ。伝記や小説になりそうな人ですね。その新兵衛さんも調べてみたい人物ですね。おかげでヒントになることが増えました。いやいや、重ね重ねご教示ありがとうございます。

2008/3/22(土) 午後 10:34 [ masahito2117 ] 返信する

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さらに調子に乗って追伸。
実は醍醐さんの一周忌までに醍醐の評伝をと、遺族に法事の一ヶ月前に依頼され、知り合いだった速書きの脚本家池上金男即ち池宮彰一郎 (70歳にして小説家デビュー、四十七人の刺客他名作多数) を旅館に缶詰にし、拙い私の資料を元に3週間で脱稿出版と云う、醍醐のオヤジ顔負けの殴り込み作業をやりました。
一周忌当日一番驚いた人は、間に合ったことに喜んだ遺族ではなく…脚本で弟のプロダクションの危機を再三救ってくれた恩人の池上=池宮が、自分の恩人の醍醐の評伝を書いたと云う事を当日知った石原慎太郎だったようです。当然読むヒマもなかったはずなのに、この空話病作家池宮の小説を絶賛しておりました。政治家ですね。

2008/3/23(日) 午前 0:07 やじ猫 返信する

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残念ながら1500冊の私家本並みの初版でしたから当日無くなってしまいましたが、あのクジラオヤジのためにこれほど人が集まるとは思わず私も少なからず驚きました。
余談ですが、池宮が二度脱走し、NHK、新潮社、講談社に指名手配をかけましたら、素直に投降してきましたが、その分時間が押したため、最終章は、私の資料なんぞ無視して、醍醐が、蒲田駅からあたかも銀河鉄道999に乗って宇宙に還って行く、という何でもアリのチャンポン小説にしてくれました。
無頼の小説家が、無頼の傑人の小説を書くとこうなる…と云うシロモノでした。
池宮さんも他界され、惜しい (とは思いませんが) 愉快な作家が居なくなって寂しいです。

2008/3/23(日) 午前 0:33 やじ猫 返信する

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これはすごいネタですね。読んだふりして絶賛するとは石原もたしかに政治家ですね。しかしとにかく異色の評伝ができたわけだしよかったです。「クジラオヤジ」いや醍醐さんも喜んでいるでしょう。ご苦労様でした。ありがとうございます。

2008/3/23(日) 午前 8:28 [ masahito2117 ] 返信する

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子どもはみんな哲学者!

大人は文化に囚われた
囚人・・・!

2008/3/25(火) 午前 11:02 待ち人 返信する

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「文化にとらわれた囚人」というのは同感です。たとえば私自身が自由なようでいてやはりとらわれている。それはつねに感じることです。ありがとうございます。

2008/3/25(火) 午後 6:21 [ masahito2117 ] 返信する

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僕も古い映画館で洋画を観てました・・ね。
映画館で何やらを買って食べる・・あの雰囲気は懐かしいものですが、
最近は映画を見る気にもなれなくなっています。 笑。

2008/3/29(土) 午後 5:49 hit*r*ikujp 返信する

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私も同じなんです。ありがとうございます。

2008/3/29(土) 午後 11:30 [ masahito2117 ] 返信する

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