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今日は9/21,23に行われるシティフィルの「トリスタンとイゾルデ」
の稽古に行ってまいりました。今日が指揮つき稽古の初めての日で
トリスタン役の成田氏の稽古でした。彼は以前からこの役を
歌ってきており、全曲は初めてですが要所はすでにものにしており
さすがです。
特に2幕をやっていて思いますが、イゾルデなしで歌っていると
支えの一方がない感じできつそうな感じ。ですからできる限り
私はイゾルデのパートを歌いながら指揮します。「トリスタンと
イゾルデ」というだけあってお互いが力を補いながら進行して
いくのです。
さて私にとっても「トリスタン」は初体験、いままで他のすべての
ワーグナー作品をやってきましたが「トリスタン」はやはり特別。
作品を身体にいれるまでには相当大変な思いをしました。
「トリスタン」は3つの幕の音楽のスタイルがまるで違います。
もちろんジークフリートのように作曲年代が離れているわけでなく
意図的にそのように書かれているわけです。この3つの様式を理解するには、
ただでさえ長大な音楽ですのでその情報量の多さに耐えうる柔軟な頭が必要です。
第1幕は二人の人物による対話が流れの中心です。「タントリスの歌」を
はじめとする朗唱が多い幕です。第2幕はいわばベルカント音楽です。
一幕の人物対比と比べて流麗さが際立ちます。第3幕はトリスタンによる
朗唱としゃべりが中心、緊張と弛緩の連続でできています。
特に3幕のトリスタン一人でずっぱりのシーンの音楽はこれ以上ないと
いうほどに複雑精緻に書かれており、すべての和声連結やテンポの
アゴーギグをマスターするのは容易ではありません。のちに書かれた
「黄昏」や「パルジファル」はこの複雑さを幾分削ぎ落としているので
そこまで大変ではないのですが、ここではそのときのワーグナーの
技法をすべて出し尽くしたともいうべき内容になっているのです。
トリスタンに於ける和声が非常に大胆であることは常に説明されることですが、
それを実感する例を一つあげましょう。第2幕の中程イゾルデの歌に
"mit mir dich im Verein wollt' ich dem Tode weihn"という箇所がありますが、
この終止部に付けられた和声はCes-durの四六からgis-mollのドミナントへいく
という非常に大胆なものです。同じような進行はマルケの歌 "Dies wundervolle Weib"
のすぐあとにもあります(h-mollの6度つまりG-durの1度からgis-moll
のドミナントへいく)。しかしながら印象的ではありますがそれ以上に
大胆な和声がトリスタンでは多用されているためか、異様な感じをうけること
はありません。
これが黄昏の第1幕最後、いわゆる "Falscher Gunther"の歌いだし前の和音には
同様なD-durの六からgis-mollのドミナントへの進行がありますが、これは
大変に異様です。トリスタンほどの大胆さがない中で、この進行が突然くると
ギョっとした感じが出て、いかにもグンターのまねをするためのしゃがれ声の
ために喉のポジションをクッと変えたという感じがでます。
つまり黄昏では異様さを感じる進行がトリスタンではそれほどでもないという
ことは、他にも大胆な和声進行がトリスタンにはてんこもりだということです。
ディテールにこだわらないといけない私のような職業にとっては、トリスタンの
この複雑な進行をきちっと把握しないことには作品を理解したとはいえないのです。
これから長く続くであろうトリスタンとの付き合いで日増しに理解度が増して
いくことを期待しているのです。
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