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私は高校時代「放送局」に属していました。と言っても、クラブ活動の様なものですが。ちなみに私の高校では「クラブ」と呼ばず「班」と呼んでいました。私が属していたのは「物理班」、「ラジオ班」、「海洋班」、それと「放送局」でした。
この「放送局」の卒業生は幹事役の方の面倒見が良いため、卒業してから40年以上たっても最低毎年1回は「集まり」を持っています。また卒業生には実際に放送業界に就職した者も少なくなく、アナウンサーとしてテレビやラジオに登場している方もいます。当然。技術系の仕事の方もいます。ある年の「集まり」では、放送業界に勤務している方を集めて「パネル・ディスカッション」を企画した事もありました。
今年の「集まり」は、やはり卒業生が勤務している文化放送の浜松町新社屋の「見学会」でした。10数年前に、移転する前の四谷の教会の建物を利用していた頃の文化放送の「見学会」も行われ、その時は参加していたので、まだオープンリールのテープレコーダが活躍していた当時と比べ、現在の放送設備がどの様に変化しているかを見たく、とても参加したかったのですが、どうしても外せない用事があり「見学会」参加はあきらめ、2次会から合流しました。
後輩から「放送局からこんなに『回転系』が無くなっているとは思いませんでした」等の言葉を聞き、彼らが撮影したデジタル・カメラの画像を見せてもらっていました。写真を見ると、オープンリールのテープ・レコーダは見当たらず、デジタルと思われるミキシング・コンソールの上にはCD−ROMらしき物が無造作に置かれています。アナログと言えば、コンソールの上に昔ながらのVUメータが置かれていた位でした。
その時、先輩の女性(管直人首相と同期との事)から声をかけられました。「あなたの会社の製品が沢山つかわれていましたよ」。「ん、レンズかな?しかしラジオ局だし」と思っていると、続けて「マイクは全部、あなたの会社の製品でしたよ」とおっしゃりました。一瞬、何の事かわかりませんでしたが、すぐ気がつきました。その方の見ていたのはコネクタの刻印の「Cannon」だったのです。
「あ、それは別のアメリカの会社です」とお答えしました。しかし、「放送局見学」でスタジオ等を巡りながら、その方はマイクのコネクタの刻印まで観察していらしたのかとびっくりしました。
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FBから流れて参りました。でそのまま食いついてしまいました。
Cannonプラグ、以前音楽関係で飯食ってた頃に同じ事聞きました。
「Cannonってこんなものも作ってるんだ?」
「・・・"n"の数違うでしょ?」って。
2011/11/23(水) 午後 7:20 [ ra*_i*h*a ]
FBからという事は、「友達」の方ですか?なんとなく分かるような。2階の方ではないですか?
まあ、詮索はこれ位にして、キヤノンの先人がカメラを売りにアメリカに上陸した時に、Canonというと「Canon Towels」の方が有名だったと言う話は良く聞きました。アメリカに出張し、Canonのタオルをお土産に買ってきて配っていた知人がいました。
2011/11/24(木) 午後 8:35 [ mas*ki*h*mada ]