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生活体験談
何のために良元高校に入学したのか
2年A組 住田雅清
なぜ、定時制の良元高校に入学したのかということを述べてみたいと思います。
まず、卒業証書がほしいからではありません。それなら、なぜ入学したのか、それは三つの理由があります。
一つ目の理由は、勉強したいからです。私は小学校も中学校も養護学校に通っていました。養護学校とは障害のある子どもが通う特別な学校です。普通の学科の勉強はほんの少しだけ。あとは障害を治すための機能訓練や言語訓練や職業訓練をしていました。そもそも障害は病気と違って治すことはできません。私の思い出では「ろくぼく」の登り下がり、固定自転車をこいだり、刺繍など、これが何のためにするのか、またこれをやって障害が治るだろうかと思いながらも先生が言われるので、まじめにやっていました。
しかし、養護学校の高等部に入れと言われた時は、小学部、中学部と同じことを繰り返すところで、また無意味なことをやらされると思うと、いやでいやで、それならば、社会に出て単純労働でもいいから働いた方がいいと思いました。母や周囲の人たちの反対を説得して、働き始めました。社会に出てから、自分の無知をいやと言うほど味わいました。学力的に言えば、小学3年だと思っていました。だから、辞書を引きながら、本を読んでいました。しかし、普通の勉強をしていないから、非常に悔しい思いをしていました。重度の障害を持つ子どもたちが良元高校に通っている姿を見聞きしていました。だから、いつか許されたら、定時制高校に入学して勉強したいと思っていました。
二つ目は、学ぶなかで、良き友達とめぐり合いたいと思っていました。養護学校では、クラスが5人しかいないという状態で、それ以上、友達がつくれないのです。やはりさびしい思い出が残っています。良元高校では、多くの友達をつくり、相談し合ったり、ふざけ合ったりするのが夢でした。しかし、年齢の差もあり、言語障害もあり、私が溶け込めなくて、なかなかむずかしいことだと感じています。あと一年余り、頑張ろうと思っています。
三つ目の理由は、私のような障害を持つ子どもたち、大人たちや家庭の事情で働きながら学ばねばならない子どもたちにとっては、大切な学びの場が定時制高校だと思います。
私も義理の父親の暴力や親の離婚で、何もかもいやになって、親や社会に反発したり、自分のなかに閉じ込もりがちになったことがあります。苦しんでいました。
その私に手を差し伸べてくれたのは、近所に住む一人の青年でした。中学時代から社会人になっても、根気強く勉強を見てくれたり、将来のことを聞いてくれたり、時には厳しいことを言ってくれたりしてくれました。私と向き合ってくれました。
思春期にそのようなことをする人が必要だと思います。定時制高校の存在意義というのは、勉強ということもさることながら、先生や様々な世代の人が学び合いながら、向かい合える場があるということだと思うのです。その定時制高校がどんどん少なくなり、この良元高校も廃校になろうとしています。非常に残念です。良元高校を残してほしいと思っています。
以上が、良元高校に入学した理由です。
生徒さんたちにも共感されるように書き直しました。
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