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私は阪神障害者解放センターの事務局長としての立場から申し上げれば、阪神障害者解放センターの名前と精神は残してほしい。この20年間、誰よりもこの名前にこだわり、愛着を感じてきました。この名前がこの世から消えてしまうと言うことは、私の20年間が消えてしまうことに等しいと感じます。
さらに阪神障害者解放センターの役割、使命はまだ終わっていません。
障害者に対する差別や偏見、人権侵害はまだまだ存在しています。この仕事は緒についたばかりです。
障害者はまだ収容施設、精神病院にいます。
障害者の自立と差別からの解放という理念を掲げて誕生した阪神障害者解放センターがなせこの世の中から消えてゆかないとならないか、私にはその理由が見当たりません。軽々しく判断されると困ります。
NPO法人・障害者生活支援センター「遊び雲」と阪神障害者解放センターの関係
「遊び雲」は解放センターの一部門に過ぎません。
目的は障害者の自立と差別からの解放であり、その手段として障害者の生活支援があります。生活支援がすべてだという勘違いが蔓延っています。これは大いなる間違いです。
だから、障害者解放運動は主であり、障害者の個々の生活支援は従の関係であると思います。目的があって、手段があるのです。このごろ、これが逆転しているような面があります。私はこのことに関して危機感を感じております。
両団体の役割
「遊び雲」は事業所として、阪神間の障害者の個々の生活支援を行なうことが主たる役割だと思います。
解放センターは対社会的な活動をやることが主たる任務だと思います。
つまり、まず、障害者のエンパワーメントを図り、その力によって、漸進的(ゆっくりと)に社会変革を図ってゆく、そして、障害者の自立と差別から解放を実現し達成することです。
解放センターは人権団体であります。また、文化芸術団体でもあり、平和団体でもあらねばならないと思います。
社会にある様々な問題と結合しながら、様々な取り組みをしている人たちと連帯しながら、そのなかで障害者からの問題提起をしてゆく活動をしてゆくべきでしょう。解放センターが孤立して何かをやると言うことは間違いです。
阪神障害者解放センターの位置づけ
「遊び雲」とは別団体として、民意団体として、NGOとして存続してゆきたい。
それは「遊び雲」の日本政府及び自治体行政のお金で賄われているから、行政交渉がやりにくいし、「遊び雲」と一緒だといつ行政監査、行政指導が入るかわかりません。
それだと県や市に対して、思い切って物申すこともできず、自由な活動もできません。
たとえば、菊地理恵さんがしているサークルの財政的な援助、人的な援助もやってもいいのでは・・・・と思います。
でも検討すべき課題もあります。代表交代のときの手続きをどうするのかとか、解放センターの財産管理をどうするのかとか、人材の確保と育成をどうするのかとか、検討課題も山積しているのは事実です。
今のままでは阪神障害者解放センターは自然消滅するでしょう。
もう一度原点に戻って考えてゆかねばならないと強く訴えるものです。
以上
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障害者解放運動の情報と私の見解
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総理や民主党の幹部の言動を見ていると全く信用できません。高速道路無料化しかり、沖縄の米軍基地問題しかり。
自公連立のときに、障害者自立支援法ができて、応益負担と言うことで、私たち障害者にとっては大変厳しい状態になると思いますが、激変緩和措置もとられて、結果的に障害者の介護時間数が増えました。でも社会参加の要である、通勤や通学に介護制度が使えないと言うことになっております。これは変な話でして、障害者が自立するためには普通の人と同じように学校に通い、一般企業にどんどん通うようにならないと、障害者はただ食べて、寝て、遊んでという存在になってしまう。 障害者は社会人としての役割を担うべきだと思います。社会に貢献してゆくのは人間としての当然の営みです。当然なことを想定からしていない、これが日本の福祉です。 その他にも様々な問題があります、 そして、国の財政は大赤字です。自立支援法を廃止して、新しい総合福祉サービス法をつくると現政権は言われていますが、個々の障害者の意見なんか反映されず、大きな障害者施設の代表の声とか、大きな病院の団体の代表とか、全国的な障害当事者団体の代表や福祉の大きな労働組合の代表の声とかだけ聞いて、私のような下々の無名な障害者の声など無視されると思います。現場で地に這いつくり張りながら生きている人たちの声など消し飛んでしまいます。 今の鳩山政権では自立支援法より悪い法律、使い勝手の悪い制度がつくられる可能性が大いにあります。 |
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文部科学大臣 川端達夫 様
文部科学大臣政務官 高井美穂 様
障がい者制度改革推進会議担当室 東俊裕 様
インクルーシブ教育の実現を求めます。第5回障がい者制度改革推進会議で出された方向性に沿って、障害者権利条約の理念に則って、学校教育に関する国内法を抜本的に改正することを望みます。
私は重度の脳性マヒの障害者です。
今月から定時制の兵庫県立川西高等学校宝塚良元分校に入学し、高校生活を始めました。
以下、4月13日の日記を記します。
今日はオリエンテーションと身体測定。
その前にホームルームで、私が自己紹介。トークマシンを使って「私は住田雅清です。53歳のおっちゃんです。仲良くしてください」と言いましした。
笑いを堪えている子もいたし、「なんやねんこのおっちゃん」という顔をしている子もいました。好意的とは言えない感じでした。「なんやねん介助の先生をつけて、偉そうに指示して特別扱いやん。私も僕も同じようにして欲しい」という気持ちを持っているかも知れません。
そして、3階の多目的室で、教科とか単位とかクラブ活動とか生徒会の行事とか、頭に入りきれないほどの説明を受けました。
アルバイトとかボランティア活動も単位になるそうで、そこが定時制高校の特徴かも知れません。
私は今やっている遊び雲の副代表の仕事でいいということでした。
ただ計画書、報告書などを提出しないとならないので、誰も知らないところで雑務をしている私としては少しむずかしいかも知れません。
3階から1階に降りる生徒会長の女生徒さんが、「車椅子を担ぐの?」と言うので、介助の先生が「歩いて降りられるよ」と言うと、「危なくないの? じゃぁ何かできることある?」と生徒さんが言われ、先生が「下の車椅子を用意してくれないか」と。生徒さん、「はい」と言って、すぐに下に降りて、車椅子を階段の下に置いて、すぐ座れるようにセットしてくれました。先生が「ありがとう」と言うと、「何もしていないよ」と生徒さんが言われました。この生徒会長に感動しました。
また、クラブ活動をコンビュター部に入部したいと先生に言うと、3年生の部長さんのような人が私のいる部屋に来てくれて、私の目を見て、「放課後、コンビュター室でやっているので、いつでも来てください」と言ってくれました。
今年の3月に卒業した障害を持った人が懸命に頑張っている姿を見せて、育てた生徒さんたちがこのようなことを当たり前のようにしている。すごい伝統だと私は圧倒されるほど感動しました。
そして、身体測定して帰り途に着きました。
私のこの日記を読まれて、どう思われますか?
この新入生と先輩の3年生の態度の差はどこから来るのでしょうか?
身近に同じ空間のなかに障害者がいたからお互いの接し方がわかってくるのです。
特別の学校や学級をつくり、そこに障害者を隔離し教育している限り、お互いが永遠にわかり合えることはないと思います。
私も小中学校は養護学校で、地域で孤立していました。
だからこそ、今、この歳で定時制高校に入学して、社会との関係をとり戻そうとしているのです。
若い人には私のような苦労させたくないのです。
ゆえに最初に掲げた表題の実現を強く要望いたします。
2010年4月14日
阪神障害者解放センター
事務局長 住田雅清
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長妻厚生労働大臣は障害者自立支援法は廃止し、新法を制定すると明言しているが、新法が制定するのは現政権の4年間でいうことである。 |
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障問連と県行政当局、民生局障害福祉課、教育委員会事務局との交渉が午前10時から県中央労働センターにて行われた。 |




