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山の畏敬

ではその“なにか”をもっと分析してみましょう。

例えば江戸時代、浮世絵など版画で世界的に認められたものがあって
その上に琳派や狩野派などの一点ものの肉筆画がある。
これは現在の音楽業界も同じでCDなどコピーがあるから業界自体支えられている。

それを踏まえて美術界に視点を転じてみると
かつての版画などのコピーものが極端に少ない。
また、あったとしてもコピーなのにとても高価です。
だから業界自体活性化されないということになります。

だからといってそういった作品や商品を増やせばいいというわけではないでしょう。
そんな簡単な事ならば既にあるはずです。

それに毎年どれだけの人数が美大を卒業しているのでしょうか。
あるいはどれだけ画家を志しているのでしょうか。
需要に対し供給が多すぎるんです。

ならば単純な話、価格を下げるしかありませんよね。
当然価格が下がれば今までのような売買の形態ではやっていけなくなります。

また、こういった文化を作り上げるにはマスコミの力が必要です。
時代を変えるにはこういった大掛かりな仕掛けが要るんです。

ここで気づくのは昔の版画や現在の音楽は組織的に販売しているという事です。
音楽もバンドやるなりミュージシャン自体一人では活動できないのがほとんど
次第にコミュニケーションを学んでいるんです。

しかし、美術は一人でできます。
そもそもアーティストは人と接するのが苦手なんです。
だから組織を作って何かをしようとは思いません。

アーティストは政治家より扱いが難しい人間と黒田清輝も言っています。
これをまとめるにはそれ相応の交渉力とプロデュース力が要るんです。

勘違いされては困るので補いますがアーティストはだいたいいい人です。
でもポリシーというか信念が強いので
少しでも自分とそぐわなければ個人活動へ戻るんです。
収入はせいぜいバイトで、就職した経験もないから組織の重要性も理解していません。

アーティストに対しどうしろとは言いません。このままで充分です。
しかし、それをまとめる組織、そしてそのリーダーというものは
かなりの覚悟がなければならないでしょう。

“そんな難しい仕事、やる人はいない”と思うでしょう。
でも、想像力が乏しくなった現代
それを救うのは絵画しかないとわたしは信じて止みません。

想像力の溢れた社会、きっと素晴らしい世界だと思うんです。
時代はきっとその“なにか”を必要としていると思うんですけどねぇ。

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さて、今日の一枚。『山の畏敬』です。
第4回信州伊那高遠の四季展にて秀作賞を頂いた作品です。

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