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皆様方こんにちは。
宮内庁と堺市との大山古墳(仁徳天皇陵)共同発掘調査の結果 第1堤から円筒埴輪の列が見つかりました。 円筒埴輪が4〜5基ずつ1列に並んでいるのが分かりました。 大山古墳はこの間全長が525mあるとわかりました。 これから大山古墳のどの部分を調査が行われるのか? 今後の動向に注視していきたいです。 |
大阪の古墳
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皆様方こんにちは。
今更なんですが 10月ぐらいに仁徳陵古墳が宮内庁と堺市とで共同発掘調査することになりました。 護岸工事に先駆けて発掘調査を実施するとのことです。 調査箇所は第1番目の外堤です。 将来他の陵墓古墳調査につながる見方をしています。 仁徳陵古墳、大山古墳は近年の調査で 墳丘が従来考えられていた全長486mが 525mあることがわかってきました。 今回はどんな成果がえられたかは次回に記事にします。 ではまた。 |
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皆様方こんにちは。
今日は奈良県内の遺跡の記事ではなく 大阪府八尾市です。 一昨年は道鏡ゆかりの寺の礎石が見つかりましたが 記事はこちらhttps://blogs.yahoo.co.jp/masasoitom/15010902.html 昨年夏にその寺跡から建物跡と運河が見つかりました。 それがまるで都みたいだったので 由義宮とも呼ばれています。 そこから奈良時代後期の建物跡と運河が出土しました。 称徳天皇が造営した由義宮(ゆぎのみや)の一部ではないかとみられています。 このあたりは道鏡の地元。 続日本紀では称徳天皇が亡くなった場であり 道鏡が失脚したため短命の宮でした。 建物跡は東西約4,5m、南北約5.5mのものなど5棟以上あり、 柱跡の直径20〜25mありました。 中心的な建物跡は今回見つからなかったです。 今年はその中心的建物が見つかるかもしれないですね。 |
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皆様方こんにちは。
今日は大和古墳群(纏向支群)シリーズはいったんお休み。
気になった新聞記事を。
今城塚古墳の近くの寺院跡で
その古墳の石棺の一部ではないか
と見られる石材がみつかりました。
この石材は地震のとき住民が墳丘から
石棺材を搬出し集落の井戸水を渡す石橋として利用。
しかし、この石棺の上を歩いた時滑って怪我する人が増えたため
近くの寺で祭っていたようです。
しかし、そのお寺も2年前に廃寺になり石材が放置されたままになっていました。
これをみた人が古墳の石棺の一部に似ていると気付き
近くの今城塚古代歴史館に調査してもらいました。
古墳の石棺がお寺や神社とか田んぼの橋に利用されることはよくあること。
とにかく今城塚古墳の石棺の一部がみつかってよかったです。
今後どうなるのか注目したいですね☆
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昨年の今頃は小山田遺跡で考古学ファンが騒然としていたのがつい昨日のことのように思い出します。 ニサンザイ古墳は一昨年に周壕から陸橋の跡が見つかりましたが、今回はその続きが見つかりました。 葬送がどんな感じだったかがわかる発見ですね。 調査区域は幸い宮内庁の管轄外でした。 このまま次の発見あればいいですね |



