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皆様方こんにちは。
昨年4月27日に桜井市の二反田古墳を見学しましたが
今年の1〜2月に発掘調査がありました。
地図を↓
天理の桧垣町と桜井市の境目にあります。
一辺15mの方墳と考えられていたんですが
調査の結果一辺30mと二倍になることがわかりました。
記事にありますように鰭付楕円形埴輪が出土したことから
築造時期は4世紀中頃。
前期の古墳の中で継続して古墳が築造されたことがこの調査でわかりましたね。
となりの四丁田古墳も発掘したら同じような結果でるんではないか・・・
しかし四丁田古墳は天理市の為調査は天理市に期待しなければ」・・・(汗)
次回ももう一つ新聞記事行きます。
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桜井市の古墳・遺跡
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珠城山3号墳は2号墳の西側にあった前方後円墳です。
住宅開発の為、現在は前方部の一部を残すのみとなっています。
↑案内板です。
拡大してみました。
↓墳丘です。
角度変えて↓
1,2号墳と比べると扱いが・・・
ちょっと無残な姿になっています。
全長47、5m、後円部径25m、高さ6m、前方部幅25m、高さ8m。
埋葬施設は2基あって、後円部と前方部にそれぞれ1基づつありました。
↑この案内板にありますように後円部の石室内から馬具など桂甲小札などが見つかりました。
この他多くのものが見つかりました。
1985年には盾形埴輪と円筒埴輪28本みつかりました。
築造時期は6世紀後半とみられています。
1978年に1号墳と2号墳とともに国指定史跡となり、買い上げられて公有地化されました。
山の辺の道を歩く観光客にとっては最高のスポットになっています。
ブログ主は昨年の春に見学しましたが秋深まる時期が見所です☆
次回はまたまた新聞記事を取り上げます。
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今日は珠城山2号墳です。
2号墳は1号墳のすぐそばにありまして
前方部を西に向ける前方後円墳です。
↑後円部です。
↑角度変えて撮影。
前方部の頂上です。
くびれ部あたり?だったと思います。
葺き石が見えます。
図面を↓
図面上が2号墳です。
墳丘は前方部を西に向けた前方後円墳で全長75m、後円部径40m,高さ6m,前方部幅40m,高さ4mを測ります。埋葬施設は調査中に崩落してわからないです。 埴輪は円筒埴輪が検出されています。 築造時期は中央の一番高い所にいる事から6世世紀前半とされています。 次回は3号墳です。 |
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珠城山古墳群、今日は1号墳です。
渋谷向山古墳から15分ぐらいかかります。
昨年4月下旬に見学しました。
古墳群の公園(広場)から後円部を望む。
前回に紹介した道をいくと。
後円部の石室に着きます。
なお、この古墳の石棺は橿原考古学博物館に展示されています。
1号墳の図面を↓
写真下が1号墳です。2号墳は後日紹介します。
前方後円墳で全長50m、後円部径20m、同高さ5m、前方部幅20m、高さ3mの規模です。
後円部に横穴式石室があり全長4、7mで、右肩袖式の玄室は3,4m、高さ2mを測ります。
石棺内から人骨2体分出土されました。
組合せ式の凝灰岩製石棺があり(現在は橿考研付属博物館にて保存中)石棺内から人骨や挂甲(けいこう)、刀子、ガラス製小玉、石室内から環頭太刀、武器類、工具類、金銅製勾玉、銀製空玉、琥珀製棗玉、鞍金具等の馬具類等多種多様の副葬品が出土。築造時期は副葬品から6世紀中〜後半と考えられてます。 墳丘は後世の削平で変形している。北側の調査時円筒埴輪片が多数出土しており墳丘裾を埴輪列が巡っていた可能性があります。 築造時期は須恵器の形からして6世紀中頃と考えれています。 次回は2号墳です。
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珠城山古墳群の詳細に入る前に
周辺を少し紹介します。
1号墳の辺りです。
この左側の道から上に上がっていくと横穴式石室があります。
あの道から入って行きます。
あとこの看板もあります。
見た目古そう・・・(汗)
次回は珠城山1号墳です。
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