マサソイトの古墳散策日誌

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奈良南部(橿原・桜井以外)の古墳

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今年の初めから・・・・
大きな発見です。
多分、舒明天皇の前の天皇陵かもという意見があります。
養護学校の校舎建築現場から見つかりました。
NHKのニュースで見て・・・「古墳」という言葉に反応してしまい・・・
「何だ?どこだ?」と叫んでしまいました・・・。
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16年前は推古天皇の仮の陵とされる植山古墳が見つかり・・・
2010年は皇極天皇陵の可能性が高まった牽牛子塚古墳が・・・
昨年は都塚古墳が・・・・
今度は舒明天皇の・・・仮の陵が・・・?
飛鳥はどこに何が埋まっているかわからないですよね・・・。
 
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古墳だとしたら、石舞台に匹敵すると言われています。
どんな事がわかっていくのか、興味がつきませんね。
 
昨日の続きです。
都塚古墳の現地説明会に何と4100人見学者です☆
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見学者の中に蘇我氏の稲目の墓ではないかという声があがっていますが
被葬者についてはいろんな話ありますね。
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都塚古墳の特異な形状からして
稲目の墓なんでしょうか?
 
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↑一方で蘇我氏の墓域が石舞台古墳周辺となったのは
馬子の時代なので、合わないのではないかという意見もあります。
稲目の墓は、あの五条野丸山古墳だという説も(汗)
さて、真実はいったいどこにあるんでしょうかね?
興味が尽きません☆
 
おはようございます。
ずっと、自分で書こうと思っていましたが
まさか、明日香村のほうで大発見があるなんて
夢にまで思わなかったです。
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都塚古墳
この地図で199番です。この199番の北西にあたる大きい方墳は
あの有名な石舞台古墳です。
付近は古代豪族の蘇我氏の墓域と言われている場所。
そこから大発見です。
この古墳も家型石棺があるので有名な古墳なんですが、石舞台古墳に人気をとられて影がうすかったです。
正月に金鶏が鳴くことから、地元では金鶏伝説があるという・・・。
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昨年の調査では規模も従来1辺28mとされていたのが約40mとわかりましたが、
今回の調査で、さらにピラミッド型の段を持つことがわかりました。
墳丘は後世の開墾で変形してて実像がつかまめせんでしたがピラミッドの段築がみつかったのは大収穫です。
4年前は牽牛子塚古墳が斉明天皇陵だとわかる大発見がありましたが
今年もまた明日香村が熱いですね。
8月10日の記事ですが、暑さの中、調査員さんお疲れ様でした!って感じです☆
それと、秋深まってますが残暑はまだまだです。
体調気をつけましょう。
 
 

巨勢氏一族の墓?7世紀前半の円墳…奈良・高取

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奈良県高取町市尾で、7世紀前半の古墳が見つかったと同町教委が明らかにした。直径約24メートルの円墳で、横穴式石室の一部も出土した。一帯は飛鳥時代、蘇我氏らと並ぶ権勢を誇り、 大化改新 ( たいかのかいしん ) で活躍した大豪族・ 巨勢 ( こせ ) 氏の本拠地とされており、町教委は被葬者が一族の有力者だった可能性が高いとみている。
 町内の遺跡の分布調査で発見し、2月から発掘。「 市尾天満 ( いちおてんま ) 古墳」と命名した。墳丘は中世の盗掘と、江戸時代まで墓に転用されていた影響を受けているが、基底部と、石室に出入りする通路(幅1・5メートル、奥行き4〜5メートル)を確認。内部から出土した須恵器の 甕 ( かめ ) から築造時期を特定した。
 墳丘の北側背面は幅40〜50メートル、高さ5メートルにわたって大規模に造成。墳丘は一部が壊されており、直径は一回り大きい約30メートルだった可能性があるとみている。
 一帯は、大化改新後に左大臣となった巨勢 徳太 ( とこだ ) (593〜658年)ら巨勢氏の本拠地とされており、担当者は「立地や規模からみて、被葬者は、徳太に連なる重要人物ではないか」としている。現場は埋め戻されており、現地説明会はない。
 和田 萃 ( あつむ ) ・京都教育大名誉教授(古代史)の話「一帯は後に藤原京(694〜710年)の造営で国家的な瓦の生産を行った地域。少なくとも7世紀前半には有力な豪族が経済的、技術的な基盤を築いていたことがうかがえる」
2013年9月2日  読売新聞)

こんばんは。
さっきまで遺跡地図で調べましたが、付近一帯は市尾墓山古墳のある場所。
その南側には群集墳があります。
こんな所で見つかるぐらいなんだから
地元の市もちゃんと発掘調査をしてほしいです。
しかし、今後の遺跡の分布調査に一石を投じる発見になってほしいです。
 
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古代豪族・巨勢氏築造にかかわる? 奈良大淀・保久良古墳、飛鳥時代の円墳と判明 

2013.8.14 08:50 (1/2ページ)
 
斉明天皇の孫、建王(たけるおう)の殯塚(もがりづか、本埋葬前の一時的な墓)と伝えられる奈良県大淀町の保久良(ほくら)古墳を町教委が初めて発掘調査し、飛鳥時代築造の円墳と判明した。石室床面の堆積土からは琥珀(こはく)玉も出土し、橿原考古学研究所付属博物館(同県橿原市)で9月1日まで公開されている。
 石室にはまだ大量の堆積土が残され、今後新たな遺物が見つかる可能性もある。町教委は調査を続け、被葬者などにまつわる謎を解明していく。
 保久良古墳は町北西部のの今木(いまき)地区に位置する。日本書紀によると、建王は斉明4(658)年に8歳で死亡し、「殯塚を今木谷に設けた」と記されている。江戸時代の史料「大和志」も「保久良古墳は建王の殯塚」としている。
 
このニュースちょうど1週間前のものです。
いつの間にこんなのが・・・
それはさて置いて。
飛鳥時代となると古墳がもがりに利用される
ことが多いですね・・・。
もがりといえば
橿原市の植山古墳も
推古天皇と竹田皇子のもがりだと・・・。
まだまだ、もがりに利用された古墳見つかるのではないか、と思う私でした。
 

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