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皆様方こんにちは。
正倉院展で珍しいものについて今日が最終回です。 臈蜜の原料はミツバチの巣からとれた臈(ろう)。 円盤状にかため中央に穴をあけられています。 下痢または塗り薬として効能があるようです。 この臈蜜、薬としてだけではないようです。 平安時代には大仏の修理に利用されていたようです。 他にも珍しいものが新聞記事にあったようですが 私が切り取ったのは今回のを入れて3つだけでした。 次回もまた新聞記事です。 |
新聞の遺跡のコラム
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皆様方こんにちは。
正倉院展ではこんなゲーム板のようなものも展示されていました。 双六を転がすには 面が丸く転がしにくいのではないかなと……。 この盤の遊び方として 中国から伝わる弾棊(だぎ)といって おはじき遊びに似た遊びだそうです。 貴族は当時楽しかったでしょうね。 ではまた。 |
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皆様方こんにちは。
昨年秋にありました正倉院展で 珍しい展示品が新聞記事にありましたので 少し書きます。 サイの角で出来た杯です。 杯にしては少し使いづらいですよね。 当時サイの角は粉末にして解毒剤としてつかわれていたようです。 記事にもありますが 貴族が緊急用に腰にぶら下げて 携帯薬としての役割を果たしていたのではないかと。 ま、いずれわかるときが来るでしょうね。 ではまた。 |
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皆様方こんにちは。
予約投稿で記事を書いています。 昨年の新聞の切り抜きを 半年分書いていなかったですので 今日はこちらを。 平城宮跡の発掘調査の成果の一つと言われています。 そしてその木簡は昨年に国宝に指定されました。 その木簡……、当時は用が済んだらゴミとして捨てられていました。 しかしそれでも たとえゴミでも平城宮の当時の様子を知ることが出来ます。 パスポート代わりや物の値段や 地方から運ばれたものとかを示す貴重な資料です。 もう一つの新聞記事を↓ 地下の正倉院展が開催されていました。 グッドタイミングというのか分からないですが……。 次回は金沢での記事を軽く書きますね。 ではまた。 |
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皆様方こんばんは。
今日は新聞記事又はコラムを取り上げますね。 弊ブログにいつもコメント下さってる方が滋賀県にお住まいですので この都は長らく所在不明でしたが 1974年からの滋賀県教委の発掘調査で 内裏正殿と見られる建物跡を発見。 天智天皇がなぜ近江に都を置いたかというと新羅と唐の連合軍が攻めてくるのに備えてのことだと思います。 しかし近江大津錦織宮は 5年しか続かなかったです。 天智天皇がどんな想いで この都を築いたのかが……。 想像できる……そんな気がしてきます。 |





