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皆様方こんにちは。
今日は黒塚古墳のその他の鉄製品について少し書きます。 黒塚古墳ではU字型鉄製品が見つかっただけでなく 写真にはありませんが 様々な鉄製品も見つかっています。 木製のも出土しました。 こうして見ると 黒塚古墳の被葬者が どれだけの権威を持っていたかが 改めて分かってきます。 以上の出土品が橿原考古学博物館で 秋に展示されていました。 昨年で黒塚古墳発掘20年目を迎えました。 天理市内などの大和古墳群の どの古墳で今後ともどのような発見があるか楽しみです。 |
大和古墳群(柳本支群)
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皆様方こんにちは。
黒塚古墳の出土品の記事が 先週で止まっていましたので 今日は黒塚古墳で出土した 鉄製品について少し書きます。 特に記事のU字型鉄製品が有名です。 このU字型鉄製品は 竪穴式石室の北の方で出土しました。 逆U字の状態で発見されました。 威儀具ではないかと みられています。 同じようなものが 黒塚古墳の数十年前に 築造されたと見られる 勝山古墳でも見つかっております。 ただこちらの方は 鉄ではなく木製でした。 このU字型鉄製品、 被葬者の威厳や 当時のことがわかる 貴重な副葬品だと考えられています。 次回はその他の鉄製品について 書きます。 |
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皆様方こんにちは。
今日は黒塚古墳で出土した鏡の位置についてです。 三角縁神獣鏡は割竹型木棺の北半分をコの字のように囲んで並んでいました。 画文帯神獣鏡は棺内の北端に置かれていました。 このように黒塚古墳の出土例から 画文帯神獣鏡が主で多数の三角縁神獣鏡が従という考え方が示されるようになりました。 佐紀古墳群では衛門戸丸塚古墳で 神獣鏡が出土しています。 衛門戸丸塚古墳も荒らされる前は 黒塚古墳と同じような形態していたのか 興味津々です。 次回は黒塚古墳の他の出土品です。 |
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皆様方こんにちは。
今日は黒塚古墳の鏡の配布元について です。 三角縁神獣鏡の同笵鏡(どうはんきょう)は120組が確認されています。 京都府木津川市の椿井大塚山古墳は32面の大量の三角縁神獣鏡が出土したことで有名です。 その鏡が各地の古墳で出土した鏡と同笵関係で椿井大塚山古墳の被葬者が配布先あるとかつて故小林行雄氏が位置づけました。 33面もの三角縁神獣鏡が出土した黒塚古墳の被葬者も同じ役割を果たしていたのではないかとする主張があります。 でも、鏡の配布はヤマト王権であり 一つの活動と見るべきだという批判があります。 鏡の配布がヤマト王権だとしたら 黒塚古墳の被葬者と椿井大塚山古墳の被葬者は配布先から鏡をもらったということに……。 すると馬見丘陵の佐味田宝塚古墳の被葬者もヤマト王権からもらったということになりますし、昨年末の富雄丸山古墳に被葬者も……ということになりますよね。 次回は鏡の副葬位置についてです。 |
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皆様方こんにちは。
黒塚古墳の大発見から
20年以上経過しましたね。
今日から黒塚古墳の副葬品についての 新聞記事をご案内させていただきますね。 ちょうどこの記事が書かれた頃に 橿原考古学研究所付属博物館で
黒塚古墳の展示会が開催されておりました。
黒塚古墳は未盗掘だったので
三角縁神獣鏡が33面
画文帯神獣鏡1面とその他多くの副葬品が
後円部の粘土廓から出土しました。
その三角縁神獣鏡の製作地はどこにあったのか
いまだわかっておりません。
ただ当時の魏の国から渡されたことしか
わかっておりません。
三角縁神獣鏡といえば
馬見古墳群では
新山古墳と佐味田宝塚古墳などからも出土しています。
これらの謎はいつわかるのでしょうか?
次回も黒塚古墳の記事です。
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