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1日(木)・・・(家内が不在なので、日曜から溜まったのを)洗濯し、いつもの調子で、今週録画していた教育テレビの「ロシア語」と「中国語」を勉強しました。ちょっとだけでも、言い回しを覚えていればいいかなって軽い感じで、勉強していますが・・・。
2日(金)・・・教育テレビの「ハングル」を勉強しました。過去の尊敬表現の言い方で、「オットショッソヨ?」(いかがでしたか?)何て言えれば、いいかな? 「i-phoneXSM」を買いました。販売して1年ちょっと経過している新製品で、高価でしたが、まあ、今からは、これで行動することが多い必需品と考えて、迷うことなく買いました。で、いろいろ大変で・・・→ 機種を換えるのに、自分を証明するのが必要で(忘れていました)、7月31日に、健康保険証を病院に返したので、なくなっていて、メチャ暑い中、テクテク歩いて、パスポートを取りに帰りました。結局、3回、アパートと店を往復しました。そのまま内容を入れ込むので、いろいろ面倒くさいことが多くて、店でもそれなりに時間を取り、家でも、かなり時間を取りましたが、何とか、この日の22時過ぎには、出来上がりました。 3日(土)・・・朝、バッチリ充電できてるかと思っていたのに、出来てなく、再び、暑い中、au店に行って、その理由を尋ねると、充電する電源アダプターを、用意されていたのでなく、前の機種(i-phone6+)でしたので、それでは上手く行かないと言われ、買った新機種に付いている電源アダプターを使えばいい、それだけのことでした。新機種、3時間以上も満タンするのに掛かるけど、9時間程持つから、前よりいいかな・・・まあ、寝る時にすればいいか・・・。 次女のお産で、東京に6連泊してきた家内が、無事に、帰って来ました。 お土産話、沢山でした。 「生きることは、学ぶことである」との信念の元に、8月1日から、(出来るだけ)毎日、勉強したことをノートにちょっとだけでも、書くことにしました。 今からは、充分すぎる程の「時間力」があり、 メインテナンスすれば、まだ、持ちそうな「体力」があり、そして、「チャレンジ力」も、まだあるつもりです。 「多国語」「演奏」「旅行」、楽しみます。 (上)天草にいた時に、時間外にお世話になっていたあるナースから、次の内容を頂きました。嬉しかったです。 「・・・もう十分ですよ アリガトウゴザイマス、涙涙涙・・・。 |
為にならないかも知れない話
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佐伯市で小児科を開業医をしていた時、ケベック出身のカナダ人から1年間、フランス語の個人レッスンを受けました(大学で、教養部の時に、フランス語を4単位取り、51歳でフランス語5級に合格しましたが・・・)。で、ケベックとモントリオールに1人で行った時、フランス語で、自分なりに話し、貴重な経験をしました(←楽しかったです!)。
今は、インターネットが利用できれば、どこにいても、スカイプを利用して、英語だけでなく、いろんな外国語が簡単に個人的に勉強が出来る時代になっていますし、海外の人とも、直接会話が出来ますね。(←凄い時代になっていますね!) でも、やはり、実際に海外に行って、日本人が自分だけって感じで、四面楚歌の状態に自分を追い込んで、必要に迫られて覚えるのが、一番いいのでは、と思っています。 少しずつ上達しているのを自分で肌で実感できる感じになっていると、毎日毎日が楽しくなります。そんな感じで、自分の場合、タイ語(1ヶ月半余、タイのチェンマイにいましたが)やインドネシア語(1カ月、バリ島のサヌールにいましたが)を勉強してきました(タイ語やインドネシア語は、他の言語と比べて、易しい言語だと思います、特に、インドネシア語は)。 タイに10年近くいて、英語がペラペラなのに、タイ語が殆ど話せない男性がいました。又、夫婦で10年近くそこにいて、男性は、タイ語をある程度話せるのに、女性(50歳前後)は、殆ど話せないケースも見てきました。 1年以上海外にいて、その国の言葉を必要にせまられて、覚える気になって努力している人で、その言語での日常会話で困っている人、まず、いません。やはり、覚える気が一番大切だと思います。休まず、コツコツ継続することが大切ですね。 ところで、多くの多国語を勉強していくと、思ってもみない発見をすること、多いです。やはり、地理的に近いと、言語に共通する所が多いし、又、言語に、そこの文化も読み取ることが出来ます。その虜になると、どんどん深みに入りますね・・・。 反対に、自分でどうしても必要だと感じなくて、意欲的にならない受け身の状態だと、(周りが日本人に囲まれた状態では)何年経っても、外国語、上達しませんね。 |
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ある病院での、小児科医と看護師の会話・・・
「○○さん、男は、1日に、5000語、話すんだって。女の人は、どの位、なると思う?」 「さあ、1400語かな?」 「2万だって・・・」 「エッ、そんなに(笑い)、そんなに話すんですね・・・」 「女の人は、5000語以下だと、ストレスが溜まるんだって・・・」 「先生、そんな男と女の研究ばかりして・・・ここは、(とても女性らしい)□さん以外、皆、男ですから(←男は、職員50人の中で、ドクター3人しかいないんですが・・・)」。 ここで、「そうだねえ・・・」と、ニコニコして、納得した顔で言うものなら、後で、大変な目に会います。女性の誘いの言葉の罠に掛かってはいけません。そんな事は、微塵も思っていないと、即、態度に出して、言わないといけません。 ある男性の産婦人科医が、永い経験からでしょうか、言っていました・・・「女は、恐ろしい、敵に回したら、大変なことになる・・・」と。(←私も、これに、かなり納得です。) https://kazoku-wedding.jp/howto/love-differences-brain/(←男女脳の違い) |
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ヒトは、皆、幸せになりたいと思っています。自分の子どもにも、幸せになってもらいたいと思っています。
実際は、どうでしょうか? 幸せは、自分の心が決める、幸せになるには、今に満足すること、幸せになるには、気の合う友達と、足りるだけのお金があれば、充分だ、幸せになるには、上を見ずに、下を見ればいい、幸せになるには、ヒトよりもチト良ければいい、幸せになるには、足ることを知ればいい、幸せは、充足感だ・・・など、先人がいろんな事を言っています。 本当の幸せなんて、自分だけの幸せなんてあり得ない、他の人も幸せになって、自分も、本当の幸せを手に入れることが出来ると、宮沢賢治は、言っています。 多くの人は、幸せになりたいと思っていても、どうしたら幸せになれるのか、よく分かりません。それに、幸せは、瞬間的で、なかなか、長続きしません。 人生、上がったり、下がったりで、ずっと上がりっぱなしなんて、ないです。 ヒトは、皆、最後は、あの世に行きます。時間は、皆に、平等に与えられています。その時間がヒトによって、それぞれですが、100年ともなると、どう予定を立てて、どうすればいいのか、超難問で、正解は、誰にも分からないでしょう。何故なら、時代が刻々と変わり、世の中の価値観も、どんどん変わるからです。 私が産まれたのは、昭和24年で、戦争は、もう、終わっていました。子どもがうじゃうじゃいました。皆、ホント、貧乏でした。私の家は、父が教員でしたが、母が、日頃の食事を買うのに、付けで買い、ボーナスで、やっとその付けを帳消しにしていました。 そんな中で、子ども達は、自分も含めて、皆、明るくて、とても元気でした。 お菓子なんてなく、父が出張に行った時、お土産に、よく、(動物の絵の付いた)ビスケットを買って来てくれていて、それがとても嬉しかったのを覚えています。 それが、年毎に、皆の生活水準が上がり、みるみる内に、「三種の神器:白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」の時代になりました。テレビが自分の家にもあることなんて、自分にとっては、別世界って感じでした。 その後、高度成長期になった60年代半ばには、「3C:カラーテレビ・クーラー・カー(自家用車)」の時代になりました。 大家族制が、多くの家庭で、核家族制になりました。今は、一家族が、二台の自動車を持つ時代にもなっています。昔は、同じ電話機を皆で共有していましたが、今は、各人が、スマホを持っています。 しかし、なにか、時代と共に、皆の心がバラバラになって来ている気がしてなりません・・・。 |
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8年前の平成22年9月20日(月)に記載した内容です。
既に消灯して、寝ていたのだが・・・。 昨日の22:20に、当直医からコールあり(深夜連続の呼び出しだなあ・・・)。 3歳の女児で、喘息発作。初診の患者さんで、里帰りの県外の人。今まで、2回、喘息で入院をしているとのこと。で、その時に、1回は、5泊したと言う。 点滴と吸入と酸素を救急外来で既に当直医がしていたが、SpO2が88%で(来院時、84%)、顔面蒼白で、肩呼吸、陥没呼吸をしている。鼻ぴくぴくで、正に、大発作(危ない!)。 既に、写真を撮っていて、検査もしていた(白血球多くなく、CRPも上がっていない)。胸部写真は、典型的な気管支喘息像。右にシルエットサインがあるが、肺炎と言うより、右の下肺の無気肺を思わせる所見で、聴診上も、その部位に、左右差少しあり。喘鳴は、2日前からだが、強い咳は、その日の夕方からとのこと。咳とともに嘔吐もあり。 ICUに入院させて、モニターを付けた(心電図、心拍数、呼吸数、SpO2の値が、常に表示され、専属のナースが、絶えず観察している)。外来でメプチンをしていたが、入院後に、アスプールの吸入をすると、少し落ち着いた感じになって、眠ってしまった。ICUでずっと診ていて、家に帰ったのが、0:20だった。 で、今日の6:00、様子を見に行くと、眠っていた。肺の音は明らかに改善(経験的に、熱が上がると改善することが多い感じだが・・・?!)。だが、尿がまだ出てないと言う。エッ!それに、来院時、熱が37度ちょっとしかなかったのに、38度と熱発。起きたら採血して、検査との指示を出す。 ICU・・・→部屋が子どもにとっては監獄みたいなので、ひどくなって行かなければ、昼頃、小児科病棟に移すとナースに言う。検査の所見で、抗生物質を使用するかも知れませんと、親に説明する。(10時間経過の推移:白血球数9420→7980、CRP0.11→0.63で、細菌感染は、否定的だし、肺への空気の入りに、左右差がなくなっているので、抗生物質を使わずに、様子を見ることにした。来院時、気管支に痰が詰まって、無気肺になっていて、それが、取れたのかな?) そのまま、4階の病棟に行くと、42週のベビーが4:00に生まれていたが、少し、落陽現象があると言う。診ると、肩がひっかかって、なかなか出て来れなかった様だ。が、診察しても、特に問題なく、落陽現象も、正常範囲。 その後、家で朝食を摂り(今日は、パン食にしたが、食欲があまりなかった・・・)、8:00過ぎに、ICUに再び行くと、目をパッチり開けていて、苦しくないと言う。尿も出ていた。 そのまま、再び4階の病棟に行って回診して、クループ(その後、気管支炎になっていたので、退院時に清肺湯を処方)と蕁麻疹(中毒疹?十味敗毒湯が効いた?)の子どもを退院させた(二人とも、4泊5日)。 連休3日目。今日は、忙しいのかな・・・?! 非常勤医師でしたが、常勤医並みに仕事をしていました。まとめて長い休みをもらっていましたが、それ以外は、殆ど毎日、診療していました。 |

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