道端の出会い ①

このブログ「道端の出会い」を立ち上げて、10年が経ちました。感謝。

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第77代 後白河天皇
法住寺陵
後伏見天皇九世皇 孫
常胤親王墓 他 六親王墓
京都 東山区 2010.8.
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後白河天皇 法住寺陵
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第77代・後白河天皇( 上皇 )が  建久3(1192)年 65歳で崩御 

その直後に 源頼朝が 「 鎌倉幕府 」 を 成立させて  

「 平氏にあらずんば人にあらず 」 の 平家が滅びて  源氏の世となり

武士の主導権が  明治維新を迎えるまでの  700年に渡って

日本の社会を  支配する ことになります

三十三間堂の東側にある  後白河法皇の 法住寺殿ゆかりの

寺の正門前には 法住寺殿蹟碑が  法住寺の左側に 

後白河天皇法住寺殿陵 ( ほうじゅうじの みささぎ ) への  参道があります
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明治維新に 御陵と 寺域が 分割され  法住寺陵は 

宮内庁の管轄に なったそうで  間口の狭い入口 細い通路を入ります 

陵域至近にある 法住寺法華堂には  法体(ほったい)姿の  

後白河法皇像が  安置され

赤穂浪士討ち入りの  大石良雄 が 仇討ちを祈願した 身代り不動尊があります
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この地は  後白河上皇 (77代) が 二条天皇(78代)、六条天皇(79代)、高倉天皇(80代)、

安徳天皇(81代)、後鳥羽天皇(82代)の  5代に渡って 院政を行った 

法住寺を中心とした 院政御所 「 法住寺殿 」 が あったところです

三十三間堂( 蓮華王院 )は  後白河上皇(77代) の 勅願を受けて
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        三十三間堂の屋根が 往時のままの姿で南北に横たわっています

後白河上皇の 広大な離宮 「 法住寺殿( 院政の庁 ) 」  の一画に

平清盛 により 私財が投じられて 一宇を建立し   一千一体の 千手観音を

安置したのが起こりです
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第77代 : 後白河天皇( ごしらかわてんのう)       
■生没年 :
大治2(1127)年9月11日(10月18日) 〜 建久3(1192)年3月13日(4月26日)(66歳
3月13日(4月26日)、六条殿(六条西洞院殿、左京六条二坊十三町)に崩じ、
遺体は 「 蓮華王院東法華堂 」 に葬られた
■在位 :
久寿2(1155)年7月24日(8月23日) 〜 保元3(1158)年8月11日(9月5日)
■別名 :
雅仁 ( まさひと )
■皇后妃 :
◎ 親王妃(贈皇太后): 源懿子( 1116〜1143 ) 父は 藤原経実の娘、源有仁養女
   ‖莪豺鳥 : 守仁親王( 二条天皇・1143〜1165 )
◎ 中宮 : 藤原忻子( 1134〜1209 ) 徳大寺公能女
◎ 皇太后 : 平滋子 :( 建春門院 ・1142〜1176 ) - 平時信女
   第七皇子 : 憲仁親王・第80代 高倉天皇・1161〜1181 )
◎ 女御 : 藤原子( 1145〜1231 ) - 三条公教女
◎ 藤原成子(高倉三位)( ?〜1177 ) - 藤原季成女
   第一皇女 : 亮子内親王( 殷富門院 ・1147〜1216 ) - 伊勢斎宮
亮子内親王は、10歳の時に卜定により伊勢斎宮となり、野々宮へ遷りますが、その後、後白河天皇の譲位により退下し、寿永元( 1182 )年8月14日、第81代安徳天皇の准母として皇后に冊立されました。 その後、文治3( 1187 )年6月28日、院号宣下により、殷富門院と号しました。
正治2( 1200 )年10月17日、 殷富門院は、 安井殿内に御堂を建立し蓮華光院と号し、養子にしていた道尊( どうそん 11785〜1228)僧正を寺の開基としました。
尚  この道尊は、平家に対して挙兵して戦死した以仁王( もちひとおう )の遺児で、以仁王は殷富門院( 亮子内親王 ) の異母弟になります。
   ぢ萋鷙捗 : 好子内親王( 1148?〜1192 ) - 伊勢斎宮
   ヂ荵姐捗 : 式子内親王( 萱斎院・1149〜1201 ) - 賀茂斎院
   β萋鷙鳥 : 守覚法親王( 1150〜1202 )
   第三皇子 : 以仁王( 1151〜1180 )
   第四皇女 : 休子内親王( 1157〜1171 ) - 伊勢斎宮
◎ 坊門局 : 兵衛尉・平信重[10]女
   第四皇子 : 円恵法親王( 1152〜1183 )
   第五皇子 : 定恵法親王( 1156?〜1196 )
   第六皇子 : 僧・恒恵( 1159?〜1206 )
   第八皇子 : 静恵法親王( 1164〜1203 )
◎ 坊門殿 : 徳大寺公能女
   第五皇女 : 惇子内親王( 堀河斎宮・1158〜1172 )
◎ 三条局 : 法印少僧都・仁操女
   第九皇子 : 道法法親王( 1166〜1214 )
   第十一皇子 : 僧・真禎( 1169?〜? )
◎ 丹波局 : 紀孝資女(遊女)
   安莉醜鳥 : 承仁法親王( 1169〜1197 )
◎ 右衛門佐(八条院女房) : 肥後守・藤原資隆女
◎ 大宮局 : 中納言・藤原伊実女
◎ 近衛局 : 権大納言・藤原公保女
◎ 御子姫君 : 平清盛女
◎ 高階栄子(丹後局) : ( 1151?〜1216 ) - 法印澄雲女、初め平業房の妻、従二位
   餌莽珊捗 : 覲子内親王(宣陽門院・1181〜1252 )
■皇居 : 平安京( へいあんきょう:京都市 )
■御父 :
鳥羽天皇  ・ 第4皇子
■御母 :
藤原璋子 ( 待賢門院璋子 )
■御陵名 :
法住寺陵 ( ほうじゅうじの みささぎ )
■陵形 :
方形堂
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後白河天皇の他に 七墓が祀られています
   ○ 伏見天皇 (92代)九世皇孫常胤親王
   ○ 後陽成天皇(107代)皇子 堯然親王
   ○ 後水尾天皇(108代)皇子 堯恕親王
   ○ 靈元天皇 (112代) 皇子 堯延親王
   ○ 靈元天皇 (112代)皇子 堯恭親王
   ○ 東山天皇 (113代)皇曾孫 眞仁親王
   ○ 東山天皇 (113代)五世皇孫 教仁親王
■所在地 :
京都市東山区三十三間堂廻り町  京阪電車本線・七条駅・徒歩10分
陵の門(入口)は 土日祭日、閉鎖されています

法住寺の境内に移動して 奥の墓地から 御墓を改めて拝しました  
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合掌
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文字制限で ここに続きます
過ぎゆく時を たいせつに・・・

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