道端の出会い ①

このブログ「道端の出会い」を立ち上げて、10年が経ちました。感謝。

全体表示

[ リスト ]

第82代 後鳥羽天皇
第84代 順徳天皇
大原陵 
京都 左京区 2010.9.
イメージ 1
大原陵

9月18日の 朝日新聞によると  歴史に名を残した人物の お墓を 訪ねる人が 

増えているらしい。 

その名も 「 墓マイラー 」。  「 お墓参りしたい歴史上の偉人は 」 

朝日新聞の無料会員サービス 「 アスパラクラブ 」 のウエブサイトで 

アンケートを実施して 2407人が回答した  編集部が100人の候補者を選び

その中から 最大10人を選んだ 結果は

1位 坂本竜馬(京都市)      2位 織田信長(京都市など)
3位 手塚治虫 (東京都)      4位 夏目漱石(東京都)
5位 徳川家康(栃木県など)   6位 真田幸村(長野県など)
7位 上杉謙信(山形県など)   8位 伊達政宗(仙台市)
9位 武田信玄(山梨県)      10位 空海(和歌山県)
 

歴代天皇様の 御陵を巡礼していますが  残り少なくなりました

宮内庁は 皇后、太皇、太后及び皇太后を葬る陵  その他の 皇族を葬る墓  

他に 分骨所、火葬塚、灰塚、髪・歯・爪塔 及び 塚、白鳥陵、殯斂地、陵墓参考地 などと

区別して管理され これらの数は 相当数とおもわれます 


京都・大原のバス停から 10分あまり  
イメージ 2

三千院の 石垣と山門を 横目で見て まっすぐ行くと

赤い欄干の 「 末明橋 」 に到着します  橋長 5〜6mの 橋を渡り終わった
イメージ 3

右手が  第82代後鳥羽天皇と ご子息の第84代順徳天皇の  大原陵です

鎌倉幕府に反旗を翻し続けた  親子( 後鳥羽・順徳天皇 ) は

今はここに 仲良く葬られていますが   実際 死に臨んだ地は  

遠く離れた 隠岐島( 島根県 ) と 佐渡島( 新潟県 )です

陵は  三千院 の北側に 並んであって  

二天皇墓を併せて 大原陵 と 呼ばれています

承久の乱  に  敗れた後鳥羽天皇(第82代)は  隠岐 ( 島根県 )に   

順徳天皇(第84代)は  新潟県の佐渡に 島流しに されて

その地で 逝去されたが  遺骨はこの地に運ばれて 埋葬されました
 ‖82代 後鳥羽天皇
ごとば てんのう
イメージ 4
イメージ 5

■別名 :
尊成 ( たかひら )、隠岐院、顕徳院、良然、金剛理
■生没年 :
治承4(1180)年 〜 延応元(1239)年 (60歳
隠岐に流される直前に出家して、法皇となった後鳥羽上皇は、四条天皇代の延応元(1239)年2月20日、配所にて崩御。
■在位 :
寿永3(1184)年 〜 建久9(1198)年   平安末期から鎌倉初期
■皇后・ 皇妃・ 皇子女 :
中宮 ・ 藤原(九条)任子(宜秋門院・1173〜1238) − 九条兼実の娘
       ‐沙卞眇堂Α塀娉斂膠 1195〜1211) − 順徳天皇准母・皇后宮
女院 ・ 源在子(承明門院・1171〜1258) − 法勝寺執行能円女、源通親の養女
       為仁親王(土御門天皇・83代・1195〜1231)
女院 ・ 藤原(高倉)重子(修明門院・1182〜1264) − 高倉範季の娘
       守成親王(順徳天皇・84代・1197〜1242)
       げ軅親王(1200〜1255) − 承久の乱後但馬へ配流
       尊快入道親王(寛成親王・1204〜1246) − 天台座主          大原・法華堂 竣工
宮人 ・ 藤原氏(坊門局・西御方) − 坊門信清の娘
       ζ蚕入道親王(長仁親王・1196〜1249) − 仁和寺御室
       礼子内親王(嘉陽門院・1200〜1273) − 賀茂斎院 ( 現・葵祭斎王 )
       頼仁親王(1201〜1264) − 承久の乱後備前へ配流
宮人 ・ 源氏(兵衛督局・加賀内侍) − 源信康の娘
       粛子内親王(高辻斎宮・1196〜 ?) − 伊勢斎宮
更衣 ・ 某氏(尾張局・ ?〜1204) − 法眼顕清の娘
       道覚入道親王(朝仁親王・1204〜1250) − 天台座主
宮人 ・ 藤原氏(大宮局・対御方) − 藤原定能の娘
       尊円法親王(1207〜1231) − 園城寺長吏・聖護院
       行超( ? 〜 ? ) − 延暦寺
典侍 ・ 藤原氏?(少納言典侍。坊門局と同一人?)
       道守(1198〜 ?) − 仁和寺
宮人 ・ 某氏亀菊(伊賀局) − 刑部丞某女
宮人 ・ 某氏滝( ?〜1265)
       覚仁法親王(1198〜1266) − 園城寺長吏・熊野三山検校
宮人 ・ 某氏石(丹波局・右衛門督局)
       凞子内親王(深草斎宮)(1205〜 ?) − 伊勢斎宮
    以下略
■皇居 :
平安京 ( へいあんきょう・京都市 )
■御父 :  
高倉天皇  第4皇子
■御母 :
藤原殖子 七条院殖子  従三位 坊門信隆 の娘 
■御陵名 :
大原陵 ( おおはらののみささぎ )
島根県隠岐郡海士町に 隠岐海士町陵 ( おきあまちょうのみささぎ ) と
通称の火葬塚がある。
大阪府三島郡島本町の 水無瀬神宮に祭神として祀られている。
なお、全ての天皇は皇居の宮中三殿の一つの皇霊殿に祀られている。
■陵形 : 石造十三重塔
見ることは出来ません。
■所在地 :  京都市左京区大原勝林院町 
イメージ 6
眺めていらっしゃる御陵前庭

文字制限ため ここに続きます。
過ぎゆく時を たいせつに・・・

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事